鎖

 

その裏 ……


レッドシャークスの先発、ラファエル・アロサレーナ。

独特な投球ステップで踏み込む、右のサイドハンド。


右バッターの背中に向かって来ると言われる同じ軌道のカーブ、チェンジアップ、シンカーは右殺しの異名を持ち、右バッターに絶対的な自信を持っている。


シーズン中、そのラファエルをメッタ打ちにしていたのが、左の水野と京川だった。

その二人の欠場に、満を持してマウンドにあがったピッチャーを、一番に抜擢された左打席のルーキーがいきなり魅せた。


ラファエルが沖野に投じた球数が実に13球。沖野は8本のファールボールを重ね、ノーアウトで一塁に歩く事に成功したのだ。



しかし、立ち上がりがいつも不安定なラファエルにとっては、その13球が良い気付薬になったようだった。

このあとの打線には京川も水野もいない。

その精神的な余裕が大きかったか。


カーブ …シンカー …チェンジアップ ……ストレート ……

見事な配球だった。


駿足、沖野にスタートを切らせずに右バッターのコータをツーストライクに追い込む。


職人、辻合航汰がまさかの二本の送りバント失敗。



2 ー 2ツーエンドツー からの5球目。



沖野がスタートを切った !



コータの背中を巻くような軌道。



・・・カーブか



外角に流れる軌道を描いて来たボールが、膝元に食い込む。



シンカーだ。



ん ?



コータが内角低めに落ちるボールを、ゴルフスイングで右方向へ転がした。



ランナーを進めるファーストゴロになった。



・・・シブい



やっぱり何年たってもコータは ……



コータだな。





ワンナウト二塁。



3番の鴻野がゆっくりと右打席に入った。



ドームのボルテージが一気に跳ね上がる。



水野、京川を欠く打線。

今季、トリプルスリーを達成したこの鴻野に期待のすべてが集中する。



しかし、初回から右バッターに右殺し攻略を期待するのは酷だ。



ラファエルがセットポジションに入った。

沖野がジワリジワリとリードを広げる。



初球。



ストレート ……152キロ !




・・・速いっ




いきなり鴻野が強振した。




バットが折れる音 ……テレビからもはっきりと聴こえた。



へし折れたヘッドが三塁方向にぶっ飛んだ。




打球はラファエルの後方 ……




弱々しい打球が ……




センターとセカンドの中間に ……




落ちたっ !




沖野のスタートが遅れた。




ホームに突っ込めない。




ん ?




バットのグリップを一塁コーチに手渡しした鴻野が一塁ベースを蹴った。




センターがすぐに二塁に返球した。




ショートが待ち構える二塁ベースに鴻野が躊躇なく突っ込む。




それを見て、沖野がホームに突っ込んだ。




鴻野がベース前で急停止した。




ショートが慌ててバックホーム。




沖野が跳んだ。




クロスプレー。




沖野が身体を横に滑らすように本塁をすり抜けた。



主審が右手を振り払うように水平に振った。




ホームイン !




ドワァー。




ドームの歓声が揺れる。




「よしっ !」




“ ジャラッ ”




思わず声をあげ両拳を握り締めた刹那、鎖の音で現実に引き戻された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る