胸糞悪い計画

 

寒気さむけと空腹感で目が覚めた。 


日付が変わっていた。


森田圭祐のサヨナラホームラン。


あの後の記憶がない。


俺はまた寝入っていたらしい。


よく眠れるものだ。


呆れると言うより感心する。




・・・夜明け前か


カーテンの向こう側が少し明るい気がする。


リモコンに重い両腕を伸ばした。


エアコンの温度を一気に 5度上げる。





ここはマンスリーマンションだった。


巻本は、俺を3日ほど貸倉庫にでも閉じ込めておけと迫田に命じたらしいが、教授がここを借りてくれたようだ。


俺を3日も蚊帳の外に出しておけば、隠蔽工作は終わる予定だった。

東名の事故さえなければ …という事らしい。



来橋教授と迫田の計画 ……


蓮見たちの隠蔽を暴く為の ……


何とも胸くそ悪い計画。



国仲美摘さんを、千葉洋平の部屋から覚田正義の自宅に移す。

正義の部屋で美摘さんを発見する。

それだけの事だ。


覚田正義なら俺も知っていた。

例の緑地公園のすぐ近くで、母親と二人で暮すB1(中度)の知的障害及びコミュニケーション障害の青年だ。

確か今27歳だったか。180センチ、140キロの巨漢。そして無職。

子供が大好きで、公園で遊ぶ子供たちをいつも笑顔で見ているこの街の有名人だった。

今でも時々、子供たちの母親から警察に通報が入る。

そんな怪しげな大男が我が子をじっと見ていれば、親にしてみれば確かに不安であろう。

しかし、警察としても動きようがなかった。

実際、覚田正義はそこで生まれて27年間、一度も問題を起こした事がなかった。


迫田は南洋署に着任して、その覚田の存在を知って、ずっと狙っていたのだ。

千葉洋平が次に動いた時に、覚田を利用しようと ……

覚田正義の母親は早朝から昼過ぎまで、近くのスーパーの惣菜売り場で働いている。


母親のいない時間帯を狙って、正義の部屋に美摘さんを移す。

そして迫田が巡回連絡を装い、覚田家を訪問し、美摘さんを発見するという単純な筋書きだ。

少女誘拐監禁の現行犯で覚田正義を緊急逮捕する。

正義はパニクってまともな抗弁も出来ないだろう。


事後美摘さんは驚き、千葉洋平という男の存在や覚田正義が冤罪である事を訴えるかも知れない。

そこは蓮見本部長と巻本刑事部長のパワーで何とでも押し切る事が出来る。


しかし実際は、絶望の淵に沈んだ少女というのは、その恐怖から千葉洋平の存在を自ら口にする事など出来ない。

これまでの被害者が皆そうだった。

ほとんどの場合、自らの命を終わらせようとするのだ。


迫田がその計画を、蓮見と巻本に提案した。

二人は 「それで問題ありません」と言って笑っていたという。



そして ……教授の計画は


その筋書きに思わぬアクシデントが発生する。


当日、蓮見と巻本は実行者の迫田と連絡が取れなくなる。

迫田が土壇場で行方をくらませる。

迫田が裏切った。

蓮見健一郎は焦る事だろう。

そして蓮見は巻本に実行させるしかなくなる。


これまで、千葉洋平の犯罪を隠蔽して来たのは蓮見健一郎、巻本幹正、母親の千葉知遥、そして迫田 ……この4人しかいない。

決してそれ以外の人間には関わらせない。

蓮見泰嗣も長男の喬太郎も、これまでの隠蔽工作に直接の関与はしていない ……この二人は決して表面には現れないし、隠蔽工作での人間は使わない。

だから二年前に知遥が亡くなってからは、迫田が一人で隠蔽の実行を担っていた。

その迫田が行方不明となれば、残る二人が動くしかない。

もしかしたら蓮見健一郎自らが動くかも知れない。

千葉のマンションで待ち伏せする迫田がそれを撮影する。

覚田家で待ち伏せする来橋教授がその隠蔽現場をおさえる。


蓮見と巻本の悪事を公衆の面前に晒す。

二度と悪魔を護る事など出来ないように ……



・・・確かに俺の出る幕はない



俺は大人しく教授たちの計画の成功を祈るのみだ ……テレビで野球でも眺めながら



俺はよろよろと立ち上がり、20センチの間隔を保つ両腕で、缶コーヒーと賞味期限の切れた幕の内弁当を掴んだ。


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