商売


殺し屋って ……冗談だろ


「日本で ……今の日本で殺し屋なんて …… 」


「非現実的かね ? まあ、警察組織にいれば当然そう思うだろうがね。特に殺人のような大事件はマスコミもネットも大騒ぎになって日本中が注目するだろう。警察は威信を賭けて、それこそ目の色を変えて殺人犯を追う。Nシステムや広域監視システム、街の防犯カメラ、今や至るところに監視の目がある。その上、公安も検察の特捜も動く。殺し屋なんて銃社会じゃない日本では捕まるリスクしかない。とても非現実的な話だ」


教授の語調には、弱い者を労るような優しい響きがあった。

その響きが、逆に殺し屋の存在に現実味を持たせたような気がした。


「・・・だが実際は ……いる ? そして小関を殺った、という事ですか ?」


そう言って目を向けると教授の方が、目を逸らした。


「殺し屋なんて呼び名がおかしいかな ? ……吊るし屋 ? ……違うな ……吊るし委託人 ? ……変だな」


この人は何を言ってるんだ ?


「富士、青木ヶ原樹海。何とも美しい響き。本当は響き通りの生命力溢れる豊かな自然地帯なんだ」


「・・・」



「実際は世界中何処にでも存在する普通の奥深い森なんだが、自殺の名所なんて言われて有名になってしまうとやはり死に場所を探す人間にとってみれば、魅力的なんだろうな。青木ヶ原の樹海には、毎日何人もの自殺志願者が彷徨い歩いているそうだ。

そして人が集まる所には、商売が生まれる。それは奥深い森でも同じらしい。自殺志願者を待ち伏せする商売人が樹海の中心に潜むようになった。彼らが求めているのは、死んで間もない人間の皮膚や血液、そして新鮮な臓器。これらを臓器移植の闇ルートに流せば、かなりいい収入が手に入る。脳みそに至っては、相当な高値で買い取ってくれるとの話もあるぐらいだ。

元々、発見された自殺死体というのは、無傷ではないそうだ。野犬を筆頭に、キツネ、タヌキ、イタチ、ネズミ、さらにはカラスと、樹海には腹を空かした様々な動物が徘徊しており、いの一番に死者の内臓を喰い尽くしてくれる。つまり、たとえ本当に自殺した死体であっても、ここではキレイな状態で発見される例が極めて少ない。地元の警察も樹海から年中死体を引き上げているため、いちいち自殺か他殺かなんて調べてはいられないというのが実情のようだ」


「・・・」


この人は …何という恐ろしい話をしているんだ

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