絶望鑑賞


「言ってみれば、奴は単なる“ のぞき魔 ”って事だろうがね」


教授が白けたように言う。


「のぞき魔 ?」


「結局、単なるのぞき魔、そしてそれが高じて、時々少女を拐って数日間監禁したくなる。もっと近くで絶望鑑賞を楽しみたくなるのだろうな。簡単に言えば、それだけの事だ。そのスタンスは二十歳の頃から今もずっと変わらない。だから中村晃一のように9年間も一人の少女を監禁するような執着もないし、偏狭的でもない。もっと冷静で理知的だ。十代で司法試験に合格した頭脳と、二十年に及びネットワークの闇に潜み続けて来た経験がある」


「しかし、のぞきだけで人の弱みなんてそんな簡単に握れるものですか ? そもそも見知らぬ他人の弱みが映像だけで分かるとも思えないし、握られて絶望するような弱みなんて、犯罪者じゃない限り ……」


教授は手のひらを俺に向けた。


「弱みを握る、とは違うんだよ」


「違う ?」


「奴は金に困っているわけでも、金に執着しているわけでもない。高級な外車を所有しておるが、親か爺さんが勝手に買ったものだろう。引きこもりなんだから、金の使いみちもないだろうしな。だから脅迫する事もない。金が必要なら身内を脅せば済む。だからハッキングで遊んでいるだけさ。で、時々気に入った少女を見つけたら、動く。ふだんはハッキングで絶望鑑賞を楽しんでいるだけだ」


「ハッキングで絶望鑑賞って ……イマイチ、ピンと来ないが ……」


「私も最初はピンと来なかった ……だけど、これがSNS社会なんだ」


「SNS ?」


「いまや多くの人が自撮りやテレビ通話などでスマホやパソコンについているカメラを利用しておる。

スマホやパソコンに内蔵されているカメラは当然、その持ち主がオンオフの制御を行なうが、インターネットに接続しているカメラの場合、そんな制御も悪魔の思いのままだ。

例えば、スマホを部屋に置いて置くだけで、勝手に起動し自撮りに切り替え、その持ち主の生活を盗撮してしまう。勿論、音声も一緒にな。

パソコンなんてもっと厄介かも知れん。

何せほとんどの人がシャットダウンなんてせず、部屋で液晶モニターを立てた状態で起動しっ放しだから、普通に隠しカメラとして利用出来てしまう。

さらに、最近流行りのウエブカメラなんて、アングルを360度カバーしてくれるから、盗撮カメラとしては完璧だろう。

個人の部屋だけじゃないぞ。

企業や街の防犯カメラ、ネットに繋がっておればドライブレコーダーにだって、侵入してしまう。

“ カメラのハッキング ”

いろいろ話題にはなっておるが、まだまだみんな他人事で一般的には警戒心は薄い。

知らない内に盗撮されて、その映像が突然送られて来て、動画サイトに投稿するような事を仄めかされたら、ほとんどの人間は絶望的なショックを受けるだろう。

特に若い女性なら言うまでもない。

スマホやパソコンを見ている自分を、向かい合うようにじっと眺められていた。そう気づいた時、どれだけ怖ろしいか。

あとはもう悪魔の言いなりになるしかない。

盗撮なんて、そんな事大して気にならんと思っておった私でさえ、よくよく考えると気持ち悪いし、怖い。

ましてや、娘や孫がそんな目に遭うなんて想像もしたくないよ」


・・・なるほど


「ついでに言っておくと、奴はヤクザが嫌いでな。大きな組の組長やら幹部の恥ずかしい映像をSNSに投稿して、何人も公開処刑しておる。半年ほど前にも、自慰行為をSNSに曝されて、拳銃自殺したインテリヤクザがいた。奴はその方面にも、相当怖れられている。まさに完全無敵だ」


・・・


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