すべてを描くもの
「よほど気に入ったのだろう。千葉洋平は
来橋教授は何とも言えない、寂しげな眼差しを向けてきた。
「パンタグラファー」
あの時 ……
サイバーセキュリティ特別講義で語られた悪魔。
いとも容易く他人のプライバシーに侵入する悪魔の存在。
確か ……
不正アクセスを繰り返す “ ネットワークの悪魔 ” の存在を知ったハッカーコミュニティ「アウトサイダーコップ」のメンバーたちが悪魔の追跡に乗り出した。
しかしすぐに悪魔の報復が始まった。
繰り返されるアラート地獄攻撃。
アウトサイダーコップのメンバーたちは、一気に尻込みしてしまい、追跡を断念する事になるが、電子機器メーカーに勤務する開発課長だけが一人、悪魔の追跡を続けた。
その頃その課長の会社では、鉄道車両の集電装置(パンタグラフ)を製造する現場で、感電事故が発生し従業員が大怪我を負った。
しかし製造部はその怪我を隠蔽した。
悪魔はその労災隠しを、開発課長の内部告発という方法で暴いた。
開発課長の名前で、社長以下管理職全員に、感電事故の詳細を社内メールで発信したのだ。
開発課長はこれにより社内での立場を失い、後に適応障害を発症、人並みの社会生活も送れなくなるほど、心を破壊されてしまう。
あの時から悪魔は自らを “ パンタグラファー ” と名乗るようになった ……という事だ。
「鉄道におけるパンタグラフとは、コイルばねの力や空気圧などによって架線に集電舟を押し付け、関節構造または伸縮構造を設けることで、架線高さの変化に追従させる形態の集電装置を言うが ……」
教授はまるで大学の講義のように、説明を始めた。
「元々パンタグラフは、ギリシア語の “ すべてを描くもの ” を語源とし、通常は菱形で収縮する機構すべてに使われる名称らしい。言ってみれば、対象の変化に順応する、マルチなオールラウンダーの象徴だな」
「すべてを描くもの」
「その柔軟性、万能性、利便性なんかが悪魔のお気に入りだったのかも知れんな」
・・・忌々しい
「ヤツは ……単なる性的異常者だけではないって事ですか ? ……ならヤツはいったい何の目的でそんな ……」
俺の問いかけに、教授が目を閉じた。
そしてそのまま口だけを動かし始めた。
「正也の手紙には、こう書いてあった。『千葉洋平は犯罪史上最も高いIQを持つ最悪の愉快犯です。そして彼にとっては “ 絶望鑑賞 ” こそが最も性的興奮を高める最高の悦びなのです』とね ……どうだ ? 人が苦しみ藻掻く姿を見る事が至福の
教授はおぞまし過ぎるその答えを淡々と言って退けた。
「絶望鑑賞 ?」
・・・
狂ってる ……
としか言いようがない。
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