思いを共有する仲間


「お疲れ」


「久しぶり」


「優勝おめでとう」



ウイスキーグラスを目の高さで止めて、それぞれが勝手なセリフを呟く。


ジョーは少し太ったか。

酒の飲み方と腹回りに貫禄が見え隠れしていた。

島は相変わらず皮肉っぽい笑みを浮かべてグラスを舐めていた。



特に近況を報告し合うわけでもない。

互いの仕事の苦労話や愚痴を持ち出すわけでもない。

聞かれない限り、家族の話もまずしない。



ただどうしても、しろくまの話にはなる。

いや、その話がしたいからこそ集まったのだ。



「それにしてもシモ、トシってやっぱり凄いな。ほぼレギュラー張ってんじゃん。ジョー知ってるか …俺、トシとは5歳くらいの時、キャッチボールした仲なんだぜ」


島が思い出したように言う。



「それ、会社で言うなよ」


ジョーが真面目顔で混ぜっ返す。



「事実だけど、他で言うと嫌われるだろ ?」


俺の言葉に、島が「もう嫌われた」と言って、顔を顰めた。



「飲み会で今の事言ったら、有名人自慢ってイタイっすよって、新人に冷たく突っ込まれたわ」



「やっぱりな」



二人の手土産、ウイスキーと山のようなミックスナッツ。



“ たまには3人で飲みたくてな ”



ジョーが言った、この言葉がすべて。



深夜1時に始まる飲み会。

おそらく徹夜になる。

もちろん明日も朝から仕事。


地検の三席検事と本庁鑑識課の係長。

超多忙を極める事で有名な職席、3人で飲むなんて、確かにこうやって強引な手段を使わない限り無理だ。


ナッツを噛み砕きながら、島が作った水割りをチビチビと飲む。



島が作った水割り。

相変わらず配合が絶妙だった。


珍しくもない国産のシングルモルト。

適度に冷やした天然水。

1対2.5の配合。

氷は使わない。


それを島が適当な感じで混ぜる。

そして軽くマドラーで掻き回す。

そうするとちょっと感動するほどの美味い水割りが出来上がるのだ。


お茶も、紅茶も、コーヒーも、水割りも ……

驚くほど美味いと感じる濃度と温度がある。

それを知る者は ……やはり心遣いを知る者 ……なのかも知れない。

島は昔から何を淹れても上手い。

島はこう見えて気配りのプロなのだ。




「ホント、凄いよな ……あいつら」


島がしみじみと言う。



しろくま8年ぶりのペナント制覇。

この偉業を喜び合うなら、やはりこの二人とだ。


3人でグラスを傾けながら、水野やカズ、コータたちの活躍に思いを馳せる。

高校、大学と共に過ごして来たジョーと島だからこそ、仲間たちを語る言葉も深く、飲む酒の味わいも深い。



……そしてヒロのこと



理不尽な仕打ち。


俺は ……この思いを共有する仲間が欲しかった。

二人の顔を見て、初めてそれに気づいた。



「幹細胞治療、iPS細胞技術、ほかにも世界中で必死な研究が日々積み重ねられている。治験の成功を祈りつつ、俺たちはヒロがずっと前を向いていてくれるよう、ヒロを励ませる仲間であり続ける。俺にはそれしか出来ん。だが …… いい方法は必ずでてくるはずだ」



ジョーの固い口調が沁みた。




俺は大沢の苦境を語った。

二人に多くの説明はいらない。




「親の情動か」


島のつぶやき。


二人の陰翳が深い。




「遠い過去。俺はお前らを巻き込んで取り返しのつかない過ちを犯した。それを俺は償う事も出来ない。ヒロや大沢に詫びる事さえ出来ない。だからこそ、その過去と向き合い、正義と向き合い、悲劇を憎み、積み重ねられていく経験と知識を次の悲劇に必ず活かす。俺はそうやって生きていく。それしか出来ない ……すまない」



俺は共に苦しんで来た友に、この時初めて頭を下げた。

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