誇りと使命感

 

ファミレスの駐車場。




「帰ろうか」



「はい ……ではまた明日 ……ですね」



梨木はそう言って薄く微笑むと、すぐに黄色い車に乗り込んだ。


何も訊こうとしなかった。

俺は俺の愚かな企みを、梨木に話すべきだと思った。

梨木の鋭い勘が、悪質な犯罪を食い止めた。

それは伝えるべき事だった。


だが ……


そうする事で、彼女を悲しませる事になる。

彼女もそんな事、聞きたくもないだろう。


いや ……


俺が恐れているのか。

純真無垢な後輩に軽蔑される事を ……



グダグダと逡巡する俺を尻目に、スイフトスポーツが滑り出した。


梨木が遠慮がちにペコっと頭を下げて、俺の前を過ぎて行く。


俺は ……

黄色い車のテールに向かって、丁寧に頭を下げた。




深夜。


南洋の街並みはパワーが漲っていた。

シーズン最終戦、しろくまが優勝を決めた。

あれからもう何日も経つが、夜の繁華街では今だにお祭り騒ぎが続いていた。



みんな待ってたんだな ……



・・・


・・・何をやってんだ


俺は ……


どうしようもなく愚かだ。




もし ……


千葉を襲う事に成功して ……


監督が代わって ……


大沢がグランドに戻って ……


しろくまが日本一になる。


ヒロの願いが叶う。


俺は心置きなく出頭する。



それを知った時 ……



ヒロがどれだけ悲しむか。


難病と闘うヒロをどれほど絶望させるか


大沢がどれだけ苦しむか。


考えるまでもない。



俺はあいつらの人生までも汚そうとした。






マンションに着いた。



先端の重いスニーカーを脱ぎ捨てた。



ソフトケースをソファに投げ捨てて、そのまま座り込む。





なんて弱い人間なんだ。


つくづくそう思う。



20年前、自己を満足させるためだけに、卑劣な暴力に走った。

その事によって、実態の知れないサイコが生まれ、おそらく…数人以上の少女とその家族を不幸に陥れた。



22歳の時、それを知ってから ……


あの時、助教授・・・にそれを知らされてから、ずっと悪夢に襲われ続け、死ぬほど後悔する歳月を過ごしてきた。



にもかかわらず ……


結局、また闇討ちのような手段を選んだ。




梨木に救われた。


救ってくれた。


梨木はこんな俺をしっかりと見てくれていた。


俺の異常を察知してくれた。




もっと強くあらねば ……



俺なんかを支えてくれる仲間がいる。


仲間を裏切るような事だけは、絶対にしてはならない。




一  誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕すること。

二  人権を尊重し、公正かつ親切に職務を執行すること。

三  規律を厳正に保持し、相互の連帯を強めること。

四  人格を磨き、能力を高め、自己の充実に努めること。

五  清廉にして、堅実な生活態度を保持すること。



・・・警察官の職務倫理



誇りと使命感 ……



俺は ……



警察官として ……



正義から逃げず ……



正義を全うする事でしか、生きる道はないのだ。




ブブッ ブブッ ブブッ ブブッ ブブッ



・・・



・・・電話 ? こんな時間に ……警電じゃない



祥華か



・・・



ジョー ?




「よお、珍しいな」



『今、家か ?』



「ああ、どうした ?」



『寝てたか ?』



「いや」



『今、一人か』



「ははっ、もちろんだ。どうした ?」



『今から行っていいか ?』



「ここに ?」



『そう、島も一緒に』



「構わんが ……ずいぶんと遅い時間に ……珍しいな」



『たまには3人で飲みたくてな』



・・・



「待ってるよ」




日付が変わっていた。


こんな時間に二人揃って、俺を訪ねて来るなんて ……



虫の知らせってやつか ……


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