パワハラっぽいところ

 

座り込んだまま瞼だけを持ち上げると、梨木が泣きそうな眼差しを向けていた。


「何故 ……ここに ?」


「とりあえず ……」


梨木が駐車場の入口を振り返った。

二人の男性が不審げに俺を見ている。


「ここから出ませんか」


「・・・ああ、そうだな」



コンクリートに左手を突こうとして、初めて握り締めたライトに気付いた。

それをソフトケースに突っ込んで、勢いをつけて立ち上がる。


二人並んで、無言で歩き始めた。

階段を使って地上に出た。


「アシは ?」


「主任と同じです」


・・・ファミレスの駐車場か



通りを渡り、ファミレスに戻った。

駐車場 ……

白いフォレスターの隣、ちゃっかり梨木のスイフトスポーツが並んでいた。



「俺があそこで何をしようとしてたか …気付いたのか ?」


車の前で、もう一度訊いた。


梨木はすぐに弱々しく首を振った。



「・・・ですけど」


そう言って俺を見上げた。

弱々しい眼差しは変わらない。


「今週の主任、主任じゃありませんでした」


「・・・」


「杉村先生の事を知ってからの主任、ずっと上の空みたいでしたけど、それでもそれは主任らしいと思いました。でも最近の主任は主任じゃありませんでした」


「・・・俺じゃなかった ……のか」


「上の空じゃなくなって ……でも逆に目が」


「目 ?」


「主任じゃなくなりました」


目が ……


死んでたか


「俺の様子が ……おかしかった。だから尾行てたのか ?」



梨木は何も答えなかった。


新人のデカに尾行られて、気付けない。

俺は、どれだけ間抜けなんだ。


「俺は今日 ……」

「さっき」


梨木が言葉を被せてきた。


「30分以上 ……ずっとスマホを見つめていた主任を見てて ……私 、苦しかったです。あんな悲しそうな顔 ……」


・・・


「そうか」


「それがあの人が現れた途端、急に殺気を感じて鳥肌が立ちました。だから夢中で飛び出しました」


「・・・そうか」


・・・敵わんな


「しかしよく咄嗟に相手が誰だかわかったな。あっ、ファンだからか」


そう言うと、梨木が初めて表情を緩めた。


「ん ?」


「嫌い ……苦手なタイプです」


「えっ ?」


「高校の時、苦手だった英文法の先生に似てるんです。パワハラっぽいところが」


そう言って少しだけ笑った。


「そうか」


「私、 よくおっちょこちょいって言われるんで ……何か主任に迷惑かけませんでしたか ? 」


「いや ……」


「ホントですか ?」


「ああ ……」


獣になり損なった。


「ならよかったです」


梨木の表情がぱっと明るくなった。


「おかげで親子丼が食えるかも知れん」


「えっ ?」


「帰ろうか」



俺は ……


こんなにも支えられている。



こんな信頼は ……


決して失ってはならない。



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