暗闇

 

「秋時は甲子園予選の直前、肩関節に重篤な怪我を負った。全治に最低ひと月はかかる。だからベンチ入りメンバー枠を空けるために、自ら退部した ……そんな不自然な話、俺が信じると思うか ? 俺はあの時、秋時にも会った。何も喋ってくれなかったが、怪我はしていない ……そんな予感がした。だからいろんな人間に聞き込みをした。聞き込みなんて言葉、シモの前で使うのもおこがましいがね ……秋時に会った後には、病院を当たりまくった。少なくとも市内の整形外科に、秋時を診察した病院はなかった。怪我は嘘 ……そう確信した。そんな時、馴染みのスポーツライターから、暴力事件の噂を耳にした。秋時が暴力 ? それこそ何かの間違いとしか思えん ……俺はすぐに南洋署に行った。生安課に知り合いの刑事がいたんだ。その刑事は俺の訪意を知ると、こっちが驚くほど動揺した。海千山千のベテラン刑事デカがみっともないほど狼狽えていた。こりゃあ只事じゃない。暗闇で何かが蠢いている。そう感じた俺は、口を閉ざす刑事に執拗に食い下がった」



石神さんはそこまで話すと、水をひと口だけ口に含んだ。



俺は ……



何かが蠢く暗闇をじっと見つめていた。



「結局あの時、その刑事は最後まで何もしゃべらなかった。その事で一層、薄ら寒さを覚えたよ。スポーツライターが言っていた暴力事件の噂も、いつの間にか消えていた。気配すらない支配力。真相はすべて闇の中に消えた ……そんな不気味な顚末だった ……だが 」



「・・・だが ?」


・・・胃が ……重い



「3年前、しろくま第二球場で偶然その刑事に会ったんだ。もう何年も前に定年を迎えて悠々自適の生活を送るその人と、しろくまの練習を見ながら昔話に花を咲かせた。秋時が2度目のアキレス腱断裂を負った翌年、千葉が監督に就任した年だった。秋時の怪我の話になって、その人がふと気になる言葉を漏らした。 “ 足が治っても、監督が千葉じゃあ、大沢はもうお終いだな ” ってな」



「それは、単に千葉の監督としての力量を揶揄したんじゃ ?」



「俺も最初はそう思った ……が違った」



俺の苦し紛れは、あっさりと却下された。

 


「俺の問いかけに、その人はこう言ったんだ。 “ 親の情動は10年経とうが20年経とうが ……いや年月が経てば経つほどに大きく歪む場合がある。千葉は大沢を決して許さないだろうな ” ってな」



「親の情動 ?」



「まるで暗号のようなセリフだよな。俺にはさっぱり意味がわからんかったが、いくら訊いてもその人はそれ以上、何も言わなかった。しかし、実際監督になった千葉をそういう目で見てみると、秋時を巧妙に陥れようとしているのが俺にもよく分かった。奴は生理的に秋時を憎んでいる。それが親の情動って事なのかも知れん」


“ 親の情動 ”


どんなに固く心を閉じても ……逃れようのない言葉だった。



・・・結局


俺だ



大沢は



俺のせいで



もがき苦しんでいたのか




俺は ……



ヒロの笑顔のために ……



必死に闘う仲間たちの思いを ……



踏み躙るような ……



そんな存在でしかないのか




俺は ……



どうすれば ……


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