千葉が秋時を嫌う理由

 

“ 自分の投げたボールのせいで、後遺症に苛まれ一人の選手生命が終わった ”


いくら40年も昔の事でも、仮に死球に呵責の念がなくても、この事実だけは普通なら忘れられない ……俺だったらトラウマになるかも知れない。




「千葉監督はそれを知っていながら、不振の大沢を使っていた ……何故、そんな無意味な事を ?」



「秋時を引退に追い込む為 ……だろうな。千葉は ……3年前、監督に就任した時からずっと秋時をチームから追い出そうとしていた ……俺にはそう見えた」



・・・やはりか



「30歳の時に左アキレス腱、35歳の時に右手アキレス腱を断裂。そんな秋時が見事復活を果たし、再びあのバッティングを見せてくれる。それが決して夢物語でない事も、それを待ち望む多くの声がある事も、千葉は知ってるからだ。ヤツの目は決して節穴ではない。ファンもチームメイトも、おそらく久住GM、そして秋庭オーナーも、実は大沢秋時の復活をずっと待ち侘びている ……だから千葉は秋時を排除したくても、あからさまには出来ないでいた」



「何故、そこまでして大沢を ?」



・・・それを ……俺が訊くのか



「本当はこんな内輪揉めみたいな話、シモにしちゃあいけないんだが、千葉が秋時を嫌う理由っていうのに ……実は俺にも少し心当たりがあってな。それこそがシモが高3の時の話なんだが ……」


石神さんがそう言って、初めて夜景に目を向けた。



俺はコーヒーカップを口許に運んだ。


・・・苦いな



「さっき、杉村には特別な思い入れがあるって言ったが、それは秋時も一緒でな、俺は二人が小学生の時から見てきた」


「ボーイズリーグですか ?」


「ああ、初めて秋時を見た時、俺は我を忘れて興奮したよ。投げて、打って、走って ……スケールの大きさがハンパなかった。もし秋時があのままピッチャーを続けていたら、大学時代の西崎透也以上の二刀流が見れたんじゃないかな ?」


「大沢はどうしてピッチャーをしなくなったのですか ?」


「杉村にマウンドを譲るためだ」


「ヒロに ?」


「自分が投げ続けると、杉村の登板機会がなくなる。あの当時の杉村は平均以下のピッチャーだったからな」


・・・ヒロのために



“ ぼくも加治川みたいに大きくてうまかったら、秋時だって甲子園の優勝投手だったかもね ”



そういうことだったのか。



「 “ 秋時がマウンドから降りた ” これが投手、杉村裕海の原点だ。だから彼はそれに恥じないピッチャーを追究し続けた」



だから …… “ 続けるバカ ” になった。



「グランドの片隅で、俺はそんな二人の成長を見守り続けた。特別な思い入れっていうのは、もう親の目に近いものだった。ほとんどストーカーの境地だ。その後、親の期待以上に成長した二人は、高3の夏には甲子園を目前にしていた。彼らの高校は断トツの優勝候補と言われていた。そのチームにはとんでもないスライダーを投げるエースもいたしな」


石神さんはそう言って、また夜景に目を向けた。


「オーバーヒート寸前のエースでしたがね」


俺は鼻で笑うようにして返した。


「そんな時、秋時が突然野球部を退部した」


外を見ていたはずの石神さんの鋭い眼光が、いきなり俺の全身に向かって斬り込んで来た。





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