千葉は最初から …

 

大沢と千葉監督。


口の中の水分を、瞬時に奪われた気がした。


俺は戸惑いながら、その二つの固有名詞を並べて思索にかけた。


・・・


何故か俺の頭の中で、思わぬ人が最初にヒットした。



・・・杉村菜都



だから ……



俺は、石神さんに対して ……



心を閉じた。




「高3? ……大沢が退部した時ですね。 そこに何故、千葉監督が登場するんですか ?」



そう言って、ゆっくりとコーヒーカップに口をつけた。

心地いい苦味が、口の中を落ち着かせてくれる。



「うーん」


石神さんが唸った。


「不意打ちのつもりだったが ……やっぱり第一線の刑事デカには敵わんかな」


「えっ ?」


「とぼけているのか、素なのか ……まったく判断つかんわ」


石神さんがヤケクソ気味にコーヒーを飲み干した。


「とぼけるって ……」


俺の反応に対して、石神さんが疲れ果てたように、薄いため息を漏らした。



「たぶん秋時はもう一軍に戻れん。そしてそのまま、戦力外 ……引退する事になる」



「何故 ?……手術は成功したんじゃ」



「ああ、一週間で復帰出来るそうだ」



「どういう事ですか ?」



「今季の打撃不振は、春先のキャンプで受けたこめかみへの死球が原因だった。後遺症で急に乱視が進んだんだ。それに水野が気づいて、知り合いの眼科の教授を紹介した。秋時は手術を決意した。さっきその教授に会ってきたが、一週間で戦列に戻れると言った」


「なら ……」


「俺は40年くらい前にも、同じケースを見ている。ブルーベイズ時代、チームメイトがこめかみ辺りに強烈な死球を受けた。その選手は軽い脳震盪を起こして、すぐに病院に運ばれたが、特に異常はなく翌日の試合から復帰した。だがその後まったく打てなくなった。選球眼が著しく低下した。メガネやコンタクトレンズで矯正していたが、結局打てずじまいで引退にまで追い込まれた。あの当時、角膜切開による乱視矯正手術なんてなかったからな ……俺は秋時が目の手術を受けるって聞いて初めて、キャンプで頭に死球を受けてた事を知った。もし知ってれば、もっと早くに不振の原因に気づけたのにって、心底悔しかったさ。だがな ……千葉は最初からそれに気づいていたはずなんだ」


「どういう事ですか ?」


「佐久間コーチに聞いた。秋時がキャンプで死球を受けた時、千葉はすぐ近くでそれを見ている。昏倒した秋時を見て、ニヤニヤ笑っていたそうだ」


笑った ?


・・・ぞっ


背筋に寒気が走った。



「・・・ですが、千葉監督もそれで視力に後遺症が残る事までは分からないんじゃ ……」



「いや、知っとるんだ」



「どうして、そう言い切れるんです ?」



「40年前、チームメイトを引退に追い込んだピッチャーが千葉自身だからさ」

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