Mar Pacifico

 

「杉村のところへ ?」


「ええ、恥ずかしながら最近知りまして」


俺は目礼しながら言った。


「それは ……俺も同じだ」


石神さんが寂しそうに笑った。


ホワイトベアーズ、伝説のスカウトマン。

数々のスーパースターを掘り起こした男。


髪は白くなっているが、体は引き締まっていて全体的に若々しい。

あまり昔と変わらない印象だった。


鋭い眼光の奥が柔らかく澄んで見えた。

そう感じたのは、犯罪者の目ばかり見てきた俺の職業病か。



「俺が言う事ではないが ……」


石神さんはそう言って、一度言葉を切った。

眼差しがいっそう柔和になった。


「杉村の見舞い、今日はよした方がいい」


「えっ !・・・それはどう言う ?」


「ここ何日か情緒が安定しないようで、誰とも会おうとしないらしい。俺もさっき病室にも入れなかった」


「・・・情緒不安定 ?」


・・・ヒロが ?


「秋時さえ病室に入れようとしないらしい」


「大沢も !」


「せっかく来たんだから、行くだけ行ってみれば ……とも言いたいところだが、奥さんが気の毒でな」


「実咲さん ?」


ヒロの奥さんとは何度か会っている。


「杉村って、ああいう男だから見舞い客も多いだろ ? それを全部、門前払いしなきゃならないってのも辛い話さ」


「そうですか ……そうですね」


・・・あのヒロが ……そんな状態


「あのっ、大沢は ?」


「ははっ、彼は脱走中だ。病室はもぬけの殻だった。奥さんも行方を知らないらしい ……俺はドームに行ってるって踏んだがな」


「大沢の目はもういいんですか ?」


「手術自体は大した手術じゃない。ただし当分は安静にしておいた方がいいらしいが ……まあ、病室で黙って野球観戦ってタマでもないわな」


石神さんが鼻で笑いかけて途中で止めた。


「そう言えば、シモと秋時って高校一緒だったよな ? 」


「そうですが ? ……」


・・・


不自然な間。


「・・・久しぶりなんだ。上でコーヒーでも付き合え」


そう言って頭の上で人差し指を立ててると、石神さんは病院に引き返した。


・・・高校 ?


口の中に苦味を感じた。


俺は黙って石神さんを追った。

やはり、わずかに右足を引いていた。

“ 忍者 ”

ふとこの人の異名を思い出した。


怪我って怖いな。

俺も肩肘が壊れてなければ ……この人に認めてもらえたのかな。

今さらながら、そんな感慨が襲ってきた。


史上最高のスラッガー。

大沢はそう呼ばれた絶頂期に大怪我をした。

そして ……それ以降の大沢秋時は、怪我との闘いの日々だった。


石神さんに付いて病院の最上階に上がると「Mar Pacifico」という展望レストランがあった。

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