中途半端な正義感

 

“ 何やってんだ俺は ! ”


ソファに横になって目を閉じていた。

ただ閉じているだけ、元々眠る気などない。

バスルームから水を流す音が聞こえている。


作ったカレーは四人分だったと言う。

残りは非常食用として冷凍にするつもりで多めに作ったらしい。

それを二人であっという間に平らげてしまった。

俺は中学生並みにおかわりを繰り返し、三人分ほどを一人で食べていた。


腹は膨れ上がっていたが、眠気はまったくなかった。

自分が散らかし放題にした部屋を、月に一度だけ会う事を許された小学生の娘に片付けをさせて、昼寝が出来るほどの図太い神経は持ち合わせていない。


優深はキッチン、寝室、トイレ、バスルームと効率的に掃除や片付けを進めていた。

俺が手を出そうとしたら “ 邪魔になりますから昼寝でもしていてください ” と言われた。

優深に邪魔と言われると、俺はもう何も言えなかった。


優深は何をやらせても手際がいい。

頭がいい。

学校のテストもほとんどが100点らしい。

そのあたりは100パーセント、祥華の血筋だ。



そんな優深を、俺は父親のいない小学生にした。

トシの怒りが至極真っ当である事が、全身に染みていた。



感動的に美味しいカレーに能天気にがっついて、そのうえに優深から思いがけない言葉を聞かされた時、俺はやっと己の罪深さに気付かされた。



優深は決して親の離婚をクールに見ていたわけではない。

傷ついているに決まっているじゃないか。

それさえ分かろうとしない俺を、祥華は許せなかった。

たぶん ……諦めたのだ。



〜 嬉しいです。貴さんが好きそうなカレーを上手く作るのが、ずっと優深の目標でしたから 〜


〜 ずっと想像してたんです。貴さん、こういうカレーが好きなんじゃないかって。それでずっと調べてたんです 〜



素っ気ない態度。


娘らしくない、硬い敬語。


親子だけど、家族ではない。

その現実を優深は敬語によって、必死に一線を引いているのだ。



自己嫌悪なんて、もうそんな生易しい感覚ではなかった。

虚しさと己に向けた憎悪。




結局、俺の中途半端な正義感がすべてを狂わせていた。



嫌な上司に、おかしな命令を受け続けたのも、他所よその管轄に帳場が立つ都度応援に駆り出され、全く休みが取れなかったのも、昇任試験に落ち続けて来た事も、すべて“ あれ ” の見せしめだった。



“ 絶対服従 ” が大前提。


階級社会では当たり前のこの大前提に、24歳の若造が平然と背反した。

本部長室に呼ばれ、刑事部長に頬を張られ叱責された。

それでも服従しなかった。

これがどれだけ重大な事かが、あの時の俺には全く分かっていなかった。


いや ……あの時どころじゃない。


祥華と優深を失い、10年間試験に落ち続けてやっと気づかされた。

階級社会は、背反した者を絶対に許さないのだ。



挙げ句 ……


祥華と優深と過ごす時間を奪われ、二人の寂しい思いをおもんばかる思いやりも持てないほど、俺は荒んでいった。


己の信念だとか、俺なりに誠実にだとか、そんなカッコつけた事を言っても、結果として組織に干された状態で誰にも認められず、ただひらすら忙しく駆け回り、家族を不幸にしただけだ。


“ あなたは優深に愛おしさを感じていますか ? ”



俺は ……



どうしようもない大バカ者だ。



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