日本シリーズ

 

少女がずっと追われていた。


その映像が瞼の奥から滲み出てくる。

幾度となく見てきた映像が不意に現れた。



決して眠ってなどいない。


部屋の片付けをしている優深が、今どこでどんな音を立てているのか。

ずっと感じていた。


だから夢ではない事は分かっている。




そいつ・・・が執拗に少女を追う。



・・・やめろっ !



・・・彼女に近づくな !



・・・これ以上彼女を悲しませるな



少女が立ち止まって振り向いた。


俺を見ていた。


怯えて体をすくませた人形が ……俺を見ていた。


人形の瞳が凍っていた。


凍った瞳が俺の視線と重なった。



・・・クソッ



俺は瞳に向かって頷いた。



・・・許さねえ



俺はそいつに向かって突進した。


渾身の力を込めて、そいつの股関に右足を飛ばした。


「グギャッ!」


・・・


誰かが腰にしがみついていた。


「シモ、やめて」


・・・ヒロ




ゔーーー ゔーーー ゔーーー ゔーーー



突然、何かが唸り声を発した。




「はい」

 


・・・はい ?



「うん ……わかった」



・・・優深の声 ?



「時間になったら下りてくから」



・・・電話 ?



のバイブ音だったのか ?



・・・




「貴さん ?」


・・・優深



「大丈夫 ? ……ですか ?」


目を開けると悲しそうな深いグリーンが俺を見つめていた。



「・・・ん ? ああ ……すまない。いつの間にか寝ちまった」


「夢 ? ……見たのですか ?」


「 ん ? ……あ、いや ……ははっ……ちょっと食い過ぎたかな ……電話は祥華 ? 」


「はい。30分後に迎えに来ます」


「えっ ! もう、そんな時間か ? ……すまない、片付けさせといて寝てしまった」


俺はソファから跳ね起きた。


「優深、掃除とか片付けとかが好きなんです ……あっ ……そうだ 」


優深はそう言ってソファに座り、明るい顔を俺に向け直した。


「これからは、貴さんと会える日以外に優深がここに来て、カレーを作ってお部屋の片付けをするっていうのはどうでしょう ? 月に一回ぐらい」


「・・・」


「ダメ ? ……ですか ?」



“ 会える日 ” なんて言ってくれるか。


「いや ……嬉しいが …………それはやめておこう」


月いち以外にもここで優深に会えて、そのうえあのカレーが食える ?

夢のようだ。


・・・俺にそんな資格はない



「・・・ダメ ……では諦めます」


・・・痛いな


「嬉しいが、優深の時間は自分のために使った方がいい」



「はい。残念ですが、そうします」


優深が口許だけの笑みを作った。

大人の仕草。

切り換えの速さ。


・・・ほんと痛いな


「来月は何処へ行こうか ?」


俺は振り払うように無理くり話題を変えた。


「優深は日本シリーズがいいと思うのですが ……」


優深が当然のように即答した。


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