第二章 歪んだ情動 

    【 牛すじ煮込みカレー 】 



リビングのソファ。


俺がリラックス出来る唯一の場所。


そこが妙に硬く感じられた。


そもそもこんなにも背筋を伸ばして、座った事なんてない。



・・・やはり落ち着かない



グレーのチェック柄 …コーデュロイのミニワンピース。

思いのほか長く伸びたしなやかな脚。

俺は慌てて目を逸らした。 


11歳って ……こんなにも大人なのか。


初めて南大のスタンドで見たお嬢様。

あの時の ……18歳の祥華にそっくりだった。



トシからの電話の影響なのか ……


優深に対する気後れや後ろめたさみたいなものを、いつも以上に意識している自分が妙に疎ましい。



3年 ……


ここにいた頃の ……8歳の時の優深なら、頭を撫でたり抱き上げたり、自然にしていたはずだ。


今は ……


必要がない限り、手に触れる事さえ躊躇してしまう。


別に一緒にいて気まずいわけじゃないが ……


やはり落ち着かない。



そもそも会話がない ……仕方がわからない。



「ジャガイモやらタマネギを切るくらいなら俺にも出来るが ……」


俺は立ち上がってキッチンに声をかけた。



「大丈夫です。それに、ジャガイモは使いません」


優深の素っ気ない返事。



「そ、そうか」


・・・カレーにジャガイモ入れないのか


“ タンッ ! ”


皮をむく前に、タマネギの頭の部分を包丁で切り落とした。


「そ、それっ俺やろうか ?」


包丁がタマネギの皮で滑りそうだ。

タマネギが大き過ぎる。

じゃなくて手が小さいのか。

とにかく心臓に悪い。


俺はいつの間にかキッチンカウンターから、身を乗り出していた。


「大丈夫です …………貴さん ? コーヒーでも入れましょうか ?」


優深が冷めた視線を送って来た。



「・・・いや、さっき飲んだばかりから ……」


「・・・そんなに気になるなら、そこに座って見ていて下さい。あと45分くらいかかりますけど」


優深がそう言ってタマネギを左手に持った。


目の前にスマホが立ててある。


「・・・気になってるわけじゃないが ……」


俺はカウンターチェアに腰を落とした。


優深は包丁で茶色い皮を根元に向かって引っ張り、バナナの皮をむくように、あっという間に皮を取り除いた。


・・・あれっ、見事


俺より上手だった。


「料理、家でやるのか ?」


「しません。料理はママの趣味ですから ……優深はキッチンに入りません」


優深がスマホを睨んで言った。


・・・動画 ?



すぐに手際よくタマネギを薄切りに切り始めた。


「じゃあ、今日のカレーは ?」


「調べて、もう覚えました。動画を見ているのは確認です」


・・・


「もしかして ……今初めて作る ?」



「はい。大丈夫です。これの通り作れますから」


目の前のスマホを見て、当然のように言う。


・・・マジか


「包丁の使い方、上手だな」


「家庭科で習いました」


・・・


取り敢えずタマネギの薄切りは、危なげなく終わった。


やや厚めだが、それくらいの方が俺好みではある。


「どんなカレーが出来るんだ ?」


・・・アホな質問


「牛すじ煮込みカレーです。昨日、牛すじにりんご、長ねぎを加えて2時間煮込んで、下拵えして来ました」


アホな質問に完璧な答えが返って来た。


・・・だから鍋持参だったんだ



鍋にオリーブオイルを入れ、タマネギを炒め始めた。


時々、スマホに目を落とすが一瞬だった。


・・・動体視力 ……すごいな


持参した鍋に火を通し、中から牛すじを取り出して小さく切り分ける。


キツネ色になったタマネギにカレー粉を少し合わせ、牛すじ、すりおろしたにんじん、トマトジュースを入れ、最後に牛すじの煮汁を加えた。


・・・うまそっ


初めてなのに ……


ソツのない動きに思わず魅入っていた。


中火にして、水、塩 、茎みたいなものを入れた。


「今のは ?」


「パセリの茎です」


「どうなるんだ ?」


「スープのコクが増します」


「・・・本格的だな」


「スープ作りにパセリは不可欠です」


「そ、そうか不可欠 ……なのか」


湧いてきたら蓋をして弱火で煮込み始めた。


・・・天才か


動きが祥華そっくりだった。



「貴さん、いつも散らかし放題だから次の時は、お部屋のお掃除に行きます。

お昼御飯も優深が作りますから、だから部屋で待っていて下さい」


月一のデートが部屋の掃除ではと、若干がっかりしていたが ……

こんなのも悪くないな。

カレーを作る優深を見ている内に、なんだか幸せ気分になって来た。


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