ヒロの仲間として

 

 父親のいない境遇に愁いを寄せる。

 祥華は初めからとしを特別な思いで見守っていた。

 祥華も父親のいない境遇で育っていたから …


 保育園に行っている頃から、祥華はとしと仲良しだった。

 人見知りのとしも何故か祥華には、最初からべったりだったし、赤ん坊の頃から優深を妹のように可愛がった。


 不安障害に苦しむとしを腫れ物扱いし、右往左往する家族たち。

 右往左往する家族に心配かけまいと、無理に頑張り続けようとするとし。


 祥華もそこを一番に心配しているようだった。

 そんな祥華の思いも分かっていたが、正直俺の仕事はそれを慮る時間さえ与えてはくれなかった。


 “ 放っておけない ”


 その性格を考えると祥華がヒロに助けを求めたのは自然な流れかも知れない。



 祥華の連絡で “ 事情 ” を知ったヒロは、それこそ自分の仕事を放り出してまで、としの不安障害 “ 視線恐怖症 ” と闘ってくれた。


「ぼくにはそれをする時間が作れるよ。もし逆の立場だったら、きっとシモだって同じ事をするよ。仲間なんだから」


 済まなそうな顔をする俺や祥華に、ヒロはそう言って頷いて見せた。 


 それから約三ヶ月強、ヒロは真冬の早朝 5時前に起き、一日も休む事なく豊市まで通って、としと一緒に走ってくれた。


 “ スポーツは楽しむもの ”


 その当たり前の精神が、少しずつ少しずつとしの中に浸透していった。


 三ヶ月後、としの視線恐怖症は深刻なものではなくなっていた。

 その上、姉貴たちが陥っていた “ としに対する不安障害 ” まで治療してくれたのだった。

 

 

 ヒロのおかげで、としの不安障害は中学で野球が再開出来るまでに回復し、高校では “ 三河の安打製造機 ” と呼ばれる選手にまで成長していた。 



 ・・・さらに



 全国的にはほぼ無名選手だったとしを、石神さんに紹介したのもヒロだった。

 それを聞いた時、俺は育成枠の話だと思っていたのに …………まさかの5位指名。

 石神さん自身がとしのバッティングに惚れこんだという奇跡が起こった。


 だが、今思うとそれは奇跡ではなく石神マジックだったようだ。

 石神マジックと言えば、どうしても西崎や和倉を思い浮かべる。

 長打力のない地味なとしには無縁の話。

 身内の感覚が、としを過小評価していたのかも知れない。


 しかし …


 しろくま入団後、としは春季キャンプのサバイバルレースに生き残り、オープン戦で結果を出し続けた。

 まさかの開幕一軍。

 まさかの開幕スタメン。


 そして、8年ぶりの優勝に向かって躍進するチームにしっかりと貢献して来た。



 ・・・今季のとしは …



 ルーキーイヤーのとしは、ヒロをたくさん笑顔にして来たんだろうな。




 残り3試合。


 3連勝すれば、8年ぶりのリーグ優勝だ。

 怪我でひと月休んでいたとしに出番があるだろうか ?

 万一、優勝を逃したとしても、クライマックスシリーズがある。

 どこかで、としのバッティングが必要になる時は来る。


 としも …まだまだヒロを笑顔にすることが出来るんだ。



 ・・・ヒロの仲間として



 ・・・羨ましいな



 

 ピンポーン !



 インターホンが鳴り、すぐに玄関の鍵を回す音が聞こえて来た。



 ・・・来たか



 今日は …月に一度のデートの日。



 

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