才能
・・・2年 ……いや、2年半か
としと会話らしい言葉を交わしたのは 2年半ぶりだった。
昨年、ドラフトでしろくまに指名された時、お祝いのメールは打ったが、としからは見事にスルーされた。
・・・めっちゃ怒ってるな
としは俺の事が許せないのだ。
あのとき …
2年半前も電話だった。
あれはとしが高校生になった年だったか。
『離婚したって聞いたけど …』
「・・・ああ ……心配かけて済まない」
『本当の事なの ? 』
「・・・ああ ……本当の事だ」
『優深ちゃん ……………………… 悲しい』
そう言って、としは通話を切った。
あの時からとしは、離婚の理由を聞く事もなく俺から離れて行った。
・・・聞かれても答えようもないが …
としは優深を自分と同じ片親にした俺が許せないのだ。
としは生まれた時から父親がいない。
父親が誰なのか …どこの何者なのか …
恐らく姉貴以外誰も知らない。
当時、親父は大騒ぎしていたようだが、姉貴は相手の事に関しては完全に口を閉じた。
“ 一生懸命働きますので、助けて下さい ”
身重の姉貴は実家に戻るなり親父とお袋にそう言って頭を下げ、そしてとしを産んだ。
当時、大学二年だった俺はいうと、野球の事で ……ヒロや大沢たちについて行くのにいっぱいいっぱいの状態で、姉貴の事を気にかける余裕なんてなかった。
それ以前に姉貴の事は信頼もしていた。
それは今も変わらない。
父親のいない子を産む、という止むに止まれぬ事情があったのだ。
お袋は仕事で駆け回る姉貴に代わって、としにそれこそ全身全霊の愛情を注いだ。
としはお袋に似て、おっとりとした優しい性格の少年に育った。
なんだかんだ言っても初孫、親父だって親父なりの不器用な愛情をとしに注いでいたのであろう。
野球バカである親父の影響で、ボールを投げる楽しさを知ったとしは、いつの間にか庭でヒマさえあれば壁当てをやっているような少年になっていた。
としが 8歳くらいの頃、俺はバッティングセンターに連れて行った事があった。
そこでとしはボールを打つ楽しさを知った。
ボールが金属バットの芯を喰う感触を体感すると、見ているこっちが嬉しくなるくらいの笑顔を見せた。
あまりにも嬉しそうな顔をするので、休日には毎週のようにバッティングセンターに連れて行った。
まだ俺も、週末はしっかりと休みが取れていた頃だった。
そこでちょっとだけコツを教えた事があった。
俺は正直驚いていた。
8歳のとしは、教えたら教えた通りの動きが出来た。
普通、頭でイメージしても、イメージ通りに身体を動かす事はなかなか出来ない。
イメージ通りに身体を動かす能力の事を “ 才能 ” と呼ぶのか。
それは単なる “ 親バカ ” の思い込みだったのかも知れない。
だが俺は、その “ 才能 ” に慄いていた。
俺はとしのバッティングに、二人の姿を重ねて合わせていた。
神宮で嫌というほど魅せつけられた “ 西崎透也 ” と “ 葛城雄一郎 ” の才能。
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