スポーツ科学への道
大学二年の春、水野は深町監督の無茶ぶりによってキャプテンを押し付けられた。
いきなり上級生を押し退けて二年の新キャプテンなんて、いくら水野と言えど三年四年からすれば気分のいいものではないだろう。
水野だって、そんな上級生を逆撫でするような事はしたくなかったはずだ。
しかもあの時、和倉が去り、俺の肩がぶっ壊れ、西崎はひたすらサボりと喧嘩の日々に明け暮れていた。
ピッチャーは駒不足、ショート以外のポジションもまったく決まっていないような有様だった。
その上、深町監督はグランドの片隅でひたすらマッサージ。
こんな中での新キャプテン指名。
もし俺なら丁重にお断りするだろう。
水野はそんな訳のわからないチームを見事に強豪校へと導いた。
西崎に負けず劣らずの唯我独尊男が …見かけによらずずいぶんと忍耐強い統率力を発揮したものだ と ……さすが水野薫だと
誰もがそう思ったであろう。
だが …
実際のところ、水野自身は割と淡々とその状況を受け入れていた。
何故か …
それは間違いなく ………
ヒロがいたからだ。
ヒロが全力で水野をサポートしていたのだ。
あの頃、トレーニングメニューからチーム戦術、対戦相手の戦力分析までのほとんどをヒロがマネジメントしていたのだ。
ヒロはヒロで、チームのベクトルを合わせるためにも、水野のカリスマ性に頼っていたのであろう。
俺たちの知らないところで、二人は誰よりもつながっていたのだ。
そして ……
そんな二人なら、お互いの目指している
“ ぼくの為にプロに行ってよ ”
ヒロのこの言葉には続きがあったのだ。
“ キャプテンの夢は …… 代わりにぼくが追っかけるから… ”
幼い頃からの夢を、西海岸の地で一瞬にして失った男は、親友がガキの頃から目指していた道を受け継いだのだ。
“ スポーツ科学への道 ”
そして今や、ヒロは水野の夢の先を見事に駆け上がっていた。
ヒロは3年前、34歳の若さで南洋大学スポーツ科学科准教授の地位を得た。
杉村裕海は今 ……押しも押されもしない “ スポーツバイオメカニクスの権威 ” とまで言われる存在になっていた。
「スポーツバイオメカニクス」
運動しているときの体の動き・動作の仕組みなどを、物理や力学といった科学の基礎知識を用いながら解明していこうというもの。
こういった視点を取り入れることで、個々の能力の違いや運動時の故障などにはすべて根拠や原因があることがわかると同時に、それに対する課題や解決法なども見えてくる。
さらにヒロは …
スポーツ生理学、スポーツ教育学、スポーツ心理学、スポーツ社会学、スポーツ医学、スポーツ栄養学、スポーツ経済学、スポーツ経営学、スポーツ史学、スポーツ人類学、スポーツ法学、スポーツ工学 …
スポーツと名のつくありとあらゆる学問に精通し、日本におけるスポーツ科学界の第一人者と呼ばれていると言う。
昨年の秋。
そんなヒロが信じ難い病魔に襲われた。
確かに今シーズン、水野のプレーには違和感があった。
そう、俺が初めて水野が見た時に感じた “ 洗練 ” の二文字 …それが今シーズンの水野のプレーに感じられなかった。
高度な技術を “ 楽しむ ” からこそ生まれる洗練されたスーパープレー。
今シーズンの水野には “ 楽しむ ” が感じられなかったのだ。
今シーズンは春先からホームランを量産し、強引な盗塁でチャンスを広げ、自らで決めに行くプレーが目立った。
・・・あれは
すべて勝利に対する執念だったのだ。
しろくまを …南洋を …日本一にするため。
あいつは少しでも “ ヒロを笑顔にする ” ために必死に闘っていたのだ。
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