葛藤

 

 水野の眼差しには、らしくない柔らかさを感じさせた。


「気を持たせる気はない。自分の気持ちを隠すつもりもない。結構、昔からマジで目指している職業があった。プロ野球選手を目指して野球をしていたわけじゃない。だから4年前のドラフトの時にそう言って指名を断った。ただ、今回は迷っている。アメリカに行って、あっちのプレーを見て度肝を抜かれ、杉村や西崎のピッチングには心底高ぶった。あの地を目指すのも悪くないと本気で思った。だが、ドラフトの前にプロ入りの意思を表明しろって言われても、まだ迷っているので表明は出来ない。マスコミにはそう言っただけの事だ」


 ・・・


 祥華が話してくれた。


 スポーツ科学の道を目指していた野良犬のような目をした少年。

 ドラフト拒否によって世間に晒された家族。

 心に傷を負った妹。

 地元を追われた陣内親子。


 ヒロが言うように、水野の出した結論に俺たちがとやかく言えるものではない。

 他人には到底想像出来ない葛藤があるのだ。

 


「んじゃ、こいつでどうだ」


 突然、立ち上がった大沢が、水野の顔の前にスマホを突き出した。


 画面を見た水野の表情が瞬時に固くなった。



「からのー、こんなのもあるよ」


 今度はヒロのスマホが水野に突き出された。



「何やってんだ、お前らJKかよ」


 そう言って西崎が水野の後ろから二人のスマホを覗き込んだ。



「そんなんなら俺もある」


 そう言って西崎までスマホを水野に突き出した。


 水野の仏頂面がふいに緩んだ。


 俺は立ち上がり、体をねじ込むようにして水野の横から三つの画面を覗き込んだ。


 どれもメール画面だった。


 そして内容はどれも水野がプロ入りを表明しない事に抗議するような、激烈なクレームメールだった。


 その差出人は ……


 大沢のが …葛城雄一郎。


 ヒロのが …和倉成亮。


 そして西崎のが ……陣内駿人だった。



 

 この飲み会の三日後 …



 水野はプロ入りを表明した。


 

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