若手のように躍動
9月16日
・・・
朝のコーヒー。
やはり旨いと思うし、ほっと息がつける。
自分に呆れているのか…ちんけな罪悪感か…
そんな自虐さえも疎ましい。
味覚なんてそうそう変わるものでもないらしい。
起き抜けのコーヒーは特に旨く飲みたいと思うようになり、朝一のドリップはいつも集中するようにしていた。
たかがペーパーフィルターで淹れるコーヒーに… とも思うが、明らかに旨い時と旨くない時、さらに不味い時がある。
不味い時はやはり不味いなりの理由があった。
もう十年以上、毎日何度と行っている作業。
失敗の経験則の積み重ねはバカにならない。
旨く淹れるというより、不味くならないためには何に気をつけなければならないか、それくらいの知恵は嫌でも身につく。
まず丁寧に蒸らす。
中心から静かにお湯をのせて20秒、ガスを放出させるためだ。
蒸らす時はお湯でペーパーを濡らさない……ペーパーを濡らすと水のバリアが出来て、コーヒーの脂成分が上手く抽出出来なくなる。
そして出来るだけ途切れないように、ゆっくりと細く湯を注ぐ。
湯が落ち切らないうちに早めにドリッパーを外す……コーヒーは抽出され始めが一番香り高く、徐々にコクが落ちていき、最後に雑味を抽出する。
だから湯を最後の一滴まで落とすと必ず不味くなる。
体調が変われば味覚も変わる。
気が滅入っていれば苦味も増す。
だが不味いと思う淹れ方には、必ずミスがある。
ミスを悔やんでいる内に、自ずとミスらない術が身についてしまった。
黒い液体をすすりながらローテーブルに新聞を広げた。
各紙、一面に巨大な縦書きが踊っていた。
『しろくまが遂に単独首位 !』
『天王山を圧巻の三連勝 !』
『熟練三枝、まさに匠の粘投』
『仕事人辻合が王者に引導 !』
・・・カズ ・・・コータも
すごいな。
しかし彼らだけじゃない。
大石も柿田も森田も……
ここに来て見事な輝きを見せている。
俺ももうすぐ38になる。
だから三枝は37、辻合と大石が36、3つ後輩の柿田と森田でさえ今年35歳になる。
選手のピークはとっくに過ぎている。
そんな奴らが若手のように躍動している。
目の色を変えてがむしゃらにプレーしている。
その理由は、ひとつしかない。
“ ヒロの夢 ”
今、ヒロのために出来る事。
しろくまを…南洋の街を日本一にする。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気だ。
最終的には自発呼吸が出来なくなり、人工呼吸器をつけないと死に至る。
筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動を司る神経(運動ニューロン)だけが障害をうけ、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていく。
だが…
その一方で、体の感覚や知能、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれる。
だから…
神宮を共に戦った仲間たちが、昔と同じように躍動し輝きを放つ姿を見て、喜ばないはずがない。
幼児のような澄んだ瞳。
キラキラとした笑顔。
再び見せて欲しい。
彼らの頭にはその思いしかないのだ。
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