スマートなナワカケ

 

『今無線、聴いたと思うが…』


 携帯のスピーカーがガナった。

 朦朧とした寝起きの脳内に、マッサンのじっとりとした重い声が侵入して来た。


「無線 ?」


 俺は白石を見た。


“ ビーポイントマルヒカクホ ”


 白石が身を乗り出して、ソツなく俺の耳元で囁いた。


 ・・・もう逮捕したのか ?


『ハハッ・・・居眠りか ? まあ、100キロ超級のオリンピック強化選手から払い腰11本の刑を食らった後じゃ無理もねえが…』


 マッサンらしくない軽快な笑い声が聴こえた。


 ・・・払い腰11本 ? まったく記憶にない


「・・・いや、居眠りというより熟睡でしたかね」


『じゃあ、起こして悪かったが……シモにお嬢さんの事、どうしても報告したくてな』


 嬉しそうな声。


 ・・・こんなハイテンションのマッサンも珍しいな


「・・・梨木…がどうかしました ?」


『さっきお嬢が手錠ワッパかけたんだが… これ俺が譲ったんじゃないぞ。それを教育担当者様にちゃんと報告したくてな』


「そりゃ、マッサンが一緒だったら、それくらいは一人で出来るでしょう ? それとも梨木がマルヒを叩き伏せでもしましたか ?」


 刑事課の点数にならなくても、梨木が手錠をかければ、それなりの意味もある。

 何より本店の殿様が喜ぶ。


『だから、そうじゃない。もし梨木がいなきゃ、飛ばれて大恥晒す状況だった』


「マルヒ飛ぼうとしたんですか ?」


『ああ、マルヒのアパートヤサの玄関先で、逮捕状が出ている事を告げて同行を求めたら、奴はすんなり観念した……目に諦めが浮かんだ…俺にはそう見えた。奴が “ 着替えます ” って背中を向けた瞬間、お嬢が急に駆け出した。アパートの逆側に回った。恐ろしく俊敏だったなあ』


「アパートの一階でしたよね」


『ああ、俺も “ まさか ” って部屋に飛び込んだ時には、奴はもうベランダにいたんだ。奴のショクバ、シモ知ってるか ?』


「テニススクールのインストラクター」


『おう、さすがの運動神経だ。あっという間にベランダの柵を飛び越えやがった』


 ・・・確かにまずい状況だな


『そこに現れたのがお嬢よ。俺はな、この世界に30年以上いるが、あんなスマートなナワカケはそうそう見れねえと思った』


「梨木、警棒持ってましたか ?」


 ・・・伸ばせば65センチ、梨木には十分だ


『ああ、そりゃあすごかった。警棒をあっという間に奴の胸元に突きつけて、動きを一発で抑えやがったのよ』


「・・・すごいっすね。じゃあ、誰もケガしてないんですね ?」


『ああ、きれいなもんよ』


 ・・・よかったな


 自分でも驚くほどほっとしていた。

 追い詰められた被疑者の動きほど危険なものはない。

 

『でなシモ。手錠ワッパをかけた直後にお嬢がもらした言葉を是非伝えたかった』


「梨木が何言ったんです ?」


『 “ これで少しでも主任が休めればいいんですけど ” ってさ ・・・シモ、何があったか知らんが、こんな健気な部下もいるんだ、まあ元気だせや』


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