おかえり、シモ

 

 

 球音が聴こえた。


 スタンドの騒めき…


 いつの間にか大応援団の規模がすごいことになってた。



 春の東海リーグ。

 初戦。



 ・・・


 水野からの着信。


「左が手薄だから、すぐ戻って来い」


「もう復活出来そうもないわ」


「復活出来なければ、誕生しろ。つまらん事言ってないですぐ来い」


 ・・・偉そうに



 何とかこぎ着けた俺の野手デビュー。


 この春から東海リーグはDH制を導入した。


 ・・・導入してくれた


 そしてコータが入部して来て、リキを2番に入れた超攻撃的ラインナップはこの試合から始まったのだ。


 1番 セカンド  辻合

 2番 サード   力丸

 3番 ショート  水野

 4番 キャッチャー大沢

 5番 DH    西崎

 6番 センター  下村

 7番 ライト   暮林

 8番 レフト   島

 9番 ファースト 東山

   ピッチャー 杉村



 ・・・やっぱり根に持っていたんだ


 これは肘の故障を隠していた“ お仕置き ”だ。


 俺は深町監督から虐待を受けていた。


 何故、センター ?



「センター、深過ぎ。もっと前だ ! ビビってんのか、コラ」


 ダグアウトから西崎のヤジが飛んで来た。


 ・・・クソッ


 みんなもニヤニヤしがって…


 そもそもチームいち、守備の上手いヤツが、何故DHなんだ ?


 せっかくのDH導入が、まったく生かせてねーじゃん。


 大沢の目がマスクの奥で垂れ下がっていた。


 ・・・舐めるなよ


 俺はめちゃめちゃ視力がいいんだ。


 ・・・お前の策略か


 お前が考えそうな事だ。



 ・・・わっ !


 いきなり飛んで来た。


 前だ !


 ・・・何故だ ?


 水野もコータも動いてねーじゃん。


 いつもなら二人の守備範囲じゃん。


 クソっ


 俺は全力で前に突っ込んで、


 飛んだ。


 ・・・捕れた


「アウト !」



 ヒロがバンザイして大喜びしていた。


 ・・・舐めるなよ


 わざとここに打たせただろ。


「ナイスガッツ !」

「ナイスダイブ !」


 島とジョーがグラブを打ち鳴らしながら、声を上げた。


 お前ら何故、定位置にいる。


 ・・・俺をカバーする気ゼロじゃん


「コラッ !センター、足が動いてねーぞ」


 西崎のヤジ。


 ・・・クソっ、マジでムカつくぜ




 ヒロって凄いわ。


 初回にセンターフライを三本打たせる事に難なく成功。


 ・・・投球術が半端ねー


 俺は前に右に左に必死こいて走って、これをすべて無難にキャッチした。


 チェンジ。


 ・・・クソっ


 俺は野球部のオモチャか ?

 


 その裏。


 コータのライト線スリーベース。

 リキ、水野の連続フォアボール。


 いきなりノーアウト満塁。


 そして・・・


 大沢、西崎の連続三振。


 ツーアウト満塁。


「6番、センター下村 !」


 ・・・マジか


 ・・・俺で遊ぶのはいいが、相手を舐めたらアカンだろ


 俺はダグアウトに戻る西崎を睨みつけた。


「わざとじゃないぞ」


 ジョーがわざわざ俺に寄ってきて耳打ちした。


「はあ ? 」


 俺は次いでにジョーも睨みつけた。


「あの二人は、満塁の場面でわざと三振出来るほど大人じゃない」


 ・・・


「初戦でいきなりグランドスラム。あいつらヒーローになる為、めっちゃ力んだ。スイングが速すぎて、ボールを待ち切れてなかったんだ」


「・・・なるほど」



 俺は左打席に入った。

 スタンスをかなり狭めにして構えた。


 初球


 外角高めのツーシーム。


「ボール」



 2球目


 内角高めのストレート。


「ストライク」



 140も出ていないな ?


 ・・・こりゃ、リキむのも分かるわ



 3球目


 内角低めのストレート。


 俺は左足に力を溜めたまま、ボールを懐に呼び込んだ。

 右足はほとんど踏み込まずに、体重移動と体の回転だけで、ボールを掬い上げた。


 ・・・ボールがバットにうまく乗った


 打球はレフトにかなり高くあがった。


 ・・・風に乗った


 ・・・


「しゃあーっ !」

 

 思わず声を出していた。


 もうボールの行方を追う必要もなかった。


 驚くほどカッ飛んだ。


 スタンドが、どよめいている。


 ・・・グランドスラムは人生初だ


 ・・・


 スタンドがザワザワしていた。


 俺はゆっくりとベースを周った。



 意気揚々とホームインした俺は、監督、チームメイト全員から無視された。



 ・・・マジか



 俺は一人寂しく、ダグアウトの一番奥に向かった。


 最初に襲いかかって来たのは、ヒロだった。

 背中に抱きついてきた。


「ナイスバッティング !」


 ・・・おっ


 続いて水野に頭を押さえつけられた。


 ・・・わっ


 西崎と大沢が同時にのしかかって来た。


 マジで死ぬかと思った。


 ・・・ん ?


 ヒロがキラキラの笑顔で上から見ていた。



  ・・・ヒロ



「おかえり、シモ」



「・・・ああ」



 ・・・泣くなよ…



 ・・・ ?



「ヒロ ?」



 ・・・お前、なんで酸素ボンベなんてつけてんだ ?


 

 ・・・ヒロ ?



「主任」


 ・・・ ?


「主任、携帯が鳴ってます」


 目を開けると、目の前に白石の顔があった。


 ・・・携帯 ?


「んあ ? ・・・ああ」


 胸で携帯が振動していた。


 ・・・夢


 

 クソっ ……なんちゅー愉しい夢…


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