ストーカー規制法違反

 

「今朝も説明したが、宮前の逮捕状がとれたぞー」


 袖原班長の張り切った声。


 ・・・新任係長の初陣か


 白石が派手に椅子を打ち鳴らして立ち上がった。

 隣に座る迫田さんは、逆にスローモーションのような動きだった。


 ・・・イナさんの後任だから、今後はこの迫田さんが白石の相棒になるわけか


 梨木が視線を合わせて来た。


 ・・・ ?


 立てますかってところか。


 たぶん…立てる。



「おう、そうだ。今日から組み合せを変えるんだった」


 梨木の目の動きを見て思い出したように、袖原が立ち上がった白石に掌を向けた。

 

 ・・・捜査ペアを変えるのか ?


「まず、新着の迫田主任は綱海と組んで、今朝言ったAポイントを当たってくれ。綱海は、管轄内地域のことも主任にいろいろ教えてやってほしい」


「ほい」


 綱海が無表情で頷いた。


「おーい。だらけた返事するな……で、申し訳無いが、松場さんは梨木のおりをお願いします。ここのペアがBポイント担当」


 ・・・教育担当クビか


「残りが下村主任と白石。ここがCだ」


 袖原が白石に顔を向けて言った。

 

 ・・・道場以来、俺を一度も見ないな



「宮前悠也は今日ABCいずれかに必ず現れるだろう。人身安全対策課と情報技術戦略課から回って来たヤマだからって気ィ抜くな。点数にはならんが、変なヘマなんかしでかしたら、赤っ恥でしかねえからな。大減点だぞ。じゃあ行ってくれ」


「はいっ」「はい」


 返事をしたのは、マッサンと白石だけだ。


 俺は体を労るようにゆっくりと腰をあげた。


「おおっ、そうだった」


 俺が腰をあげたところで、袖原がまた何か思い出したらしい。


「現場での緊急対応は……綱海、お前が仕切ってくれ。迫田主任にはそのフォローを頼んます。今日、下村主任は体調が普通じゃないらしいんで、火急の判断はとても無理だろう。じゃあ頼んだ」


「ほーい」


 綱海の返事。


「だらけた返事すな !」


 袖原はさっきと同じ言葉を繰り返したが、綱海はすでに刑事デカ部屋から出て行ったあとだった。


 綱海あいつも妙に反抗的な態度だな。

 おそらく…威圧的な言動に対するアレルギー反応……もう30だが、今時の若者らしい非暴力主義者だ。


 ・・・しかし空気悪いなあ


 マッサンの白けた顔。


 白石も返事だけだ…目が死んでる。


 迫田主任は我関せずだ。


 梨木は怒りで焦点が合ってないし…


 ・・・確かおりって言われてたっけ


 これじゃ、チームワークワラワラだな。


 捜査一課はチームの連携が崩れると仕事にならんぞ。


 ・・・まあ、こんな空気にしたのも今朝の俺が原因だが…



 白石がパチンコ店の駐車場に車を入れた。

 上手い具合にいい感じの場所が空いていた。

 バックで駐車すれば、リアシートから宮前の実家の玄関がまるっと見渡せる。


 宮前確保Cポイント。

 最も出現率が低いと想定される、被疑者の実家。

 そこに俺と白石を張り込ませる。

 袖原には随分と期待されてるようだ。


 ストーカー規制法違反被疑者の逮捕。

 つきまとい等を禁止する警告を受けたにもかかわらず、SNSを利用して「悩みを聞いて欲しい」「話す気持ちになったら連絡して」等のメッセージを送信するなどし、女性に対し義務のないことを行うことを要求するストーカー行為をしたとして男、宮前悠也(38歳)にさっき、逮捕状が発行された。

 人身安全対策課と情報技術戦略課から刑事課に押し付けられたこの小さな事案。

 逮捕されるなんて思ってないから、今のところ被疑者に逃げ隠れする意識はない。

 三カ所の何処かにはいずれ現れるだろう。

 恐らく今日中にも決着する。

 被疑者確保より、そのあとの書き物が大変なだけの迷惑な事案だ。


 しかし南洋署が扱う事案なんて、いつもこんな程度だ。


「主任、寝ててください」


 エンジンを切ると白石が深刻な顔を向けて来た。


「ん ?」


「だいたい、普通に動いてる事自体、自分には信じられないですよ」


「・・・ああ、ぜんぜん普通じゃないがな」


 俺はルームミラーを宮前宅の玄関に合わせてからシートを倒した。


「何回投げられたか覚えてます ?」


 ・・・


「・・・いや、ぜんぜん覚え……」


 俺はすでに眠りに落ちかけていた。


 思考が現実から逃がれようとするように、眠りの中に逃げ込んだ。






 

 

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