なんもしてやれねぇ

 

 突然、体が浮きあがっていた。


 いつの間にか立たされていた。


 とんでもない力。


 喉が締まって息が出来ない。


 首元が僅かに緩められた。



 グホッ、グホッ、グホッ


 咳が止まらない。



「噂には聞いてたが……いきなりこれかぁ 下村さん ?」


 頭の上から喚き声が落ちて来た。



 デッカイ奴。


 大沢よりもデカい ? し、横もある。



「さっきから俺の話をまったく聞いてなかったよなぁ、アンタ」


 ・・・はなし ?



「気持ちいいくらい、スマホに集中してたもんなぁ。いきなり舐めてくれるよなぁ」


 ・・・スマホ ?



「今日のシモ、なんか変なんで……いつもはこんなんじゃないんで……具合が悪いんか ? シモ ?」


 ・・・マッサンの声



「そ、そうなんです班長………主任、今ふつうじゃないんです」


 ・・・梨木か ?



「体調不良の奴が、ここまでスマホに集中出来るか。ふざけるなよ」


 ・・・野館の後任


 ・・・着任係長の……確か…袖原警部補


 ・・・俺の三期後輩


 ・・・やっぱりドデカイな



「指導してやる。来いっ !」


 喉がまた締まる。


 ・・・指導





 いまの俺に……


 いったい何が出来る……


 スマホで、どこをどれだけ調べても書いてる事は同じだった……


〜 原因は解明されておらず、効果的な治療法は確立されていない 〜



 こんな理不尽……


 あるかっ……



 ズダンッ !


 畳に叩きつけられて、やっとまともに呼吸をする事が出来た。


 グホッ、グホッ、グホッ



 ・・・道場か



「叩き直してやる、なんて言わん。いきなり舐めた事しやがって…これは俺流のペナルティだ。来いっ」



 ・・・確か柔道……五段だっけ



 ・・・ちょうどいい



 ・・・徹底的にやってくれ




 また、体が浮き上がった。



 ズダンッ !



 強烈に叩きつけられた。



 息が止まった。





 何故……



 アメリカで野球を奪われ……





 ズダンッ !





 それでも挫けず、踏ん張って……



 見事に輝きを取り戻したのに……





 ズダンッ !



「土下座して謝るか」



「なんとか言え ! 腑抜け !」




 ズダンッ !





 何故……




 ズダンッ !




 ヒロなんだ……



 何故……



 ヒロ……




「あした、練習が終わってから遊びに行かない ?」


「行こうよ、シモ」




 ズダンッ !




 何故ヒロばっか……




「苦しそうに野球をやってる仲間を、ほっといてまでやるほどのものではないよ」


「謝ってもだめです」



 ズダンッ !




「はい6秒。人間の怒りのピークは長くて6秒。もう二人ともあんまり怒ってないでしょ」




 ズダンッ !




 こんな理不尽な目に……





 ズダンッ !





「間違った判断をしないでください」


「たぶん透也ってそういう奴だよ。ぼくが侮辱された事なんて知らないようなフリしてね」




 ズダンッ !




「シモはスプリットを感じ取ろうとしている。そんな事を出来るのシモだけ」


「シモまで回ると面白い事になりそう」




 ズダンッ !




「そうだね ・・・ぼくも加治川みたいに大きくてうまかったら、秋時だって甲子園の優勝投手だったかもね」


「かみなりのいし、入手かも」


「これまでキャプテンには、散々助けてもらったのに、借りが返せなかった」


「無心だよ、キャプテン 」




 ズダンッ !




「シモの爆走で、トーヤにも火が点いたよ」


「ホントに自分でカタをつけちゃったね」


「こんな大舞台で野球が出来るぼくたちには、彼らが真似たくなるような、目をキラキラさせるようなプレーをする義務があると思う。だから西崎透也ってホントすごいと思うんだよね 」



 ヒロ……




 ズダンッ !



 誰かが覆いかぶさって来た。



「もうやめてください。主任、死んじゃいます」



 ・・・梨木か



「お願いします。もう勘弁してください」



 ・・・白石か



「ナマっちょろいチームワークやな、お前らも……これからは気ィ締めろよ」



 ・・・



 ・・・もう終わったのか





筋萎縮性側索硬化症(ALS)……




俺は……



ヒロの為に……



なんもしてやれねぇ……





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