代打、杉村


 ヒロと大沢に引っ張り回された日々。


 ・・・ジェットコースター


 ・・・ウーロン茶


 

 自分の弱さを嫌というほど思い知らされたあの試合。


 ・・・勝てば甲子園


 ・・・ヒロの257球


 ・・・大沢の7四死球


 


 ・・・ぶっ壊れた肩…肘


 ・・・水野の言葉


「復活出来なければ、誕生しろ。つまらん事言ってないですぐ来い」



 センターで必死に走り回った野手転向後の初戦。


 ・・・友情に導かれた満塁ホームラン


 ・・・サイレントトリートメント


 

 神宮を決めたあの試合。 


 ・・・まさかのマウンド


 ・・・150キロのスライダー


 ・・・捕球姿勢のまま動かなかった大沢


 ・・・胴上げ投手


 


 秋の神宮目前で和倉の気迫に屈したあの試合。


 ・・・全員スプリット狙い


 ・・・センター上空に消えた白球


 ・・・ウェイティングサークルで収まらなかった鳥肌


 


 大学の頂点にたったあの大会。


 ・・・大沢、西崎に続いた三者連続ホームラン


 ・・・水野の逆転サヨナラホームラン


 ・・・ヒロの舞い落ちる木の葉


 ・・・ヒロの胴上げ


 


 そして…


 祥華と過ごした至福の時。





 煌めきと焦心の日々。


 俺の最高の青春。


 すべては野球の神様の思し召しか。



 しかし…


 祥華と最高の時を過ごしていた、まさにその時、野球の神様がアメリカでとんでもない“ 過ち ” を犯した。




 “ ヒロが投手生命を絶たれた ”




 大学選抜による日米決戦。

 サンディエゴのペトコ・パークで行われた第5戦。


 西崎透也が世界をねじ伏せた試合。


 1 対 0で迎えた 8回表の日本の攻撃、ワンアウトから葛城雄一郎がヒットで出塁した。


 ここで日本選抜はヒロを代打に送った。



 これは西崎の発想だったと言う。


 大沢も水野もすぐに賛同したようだ。


 もし…


 その場に俺が居たとしても、一緒になって囃し立てたであろう。

 もしかしたら俺が真っ先に進言したかも知れない。


 ヒロは送りバントの名人だった。


 バッティングで貢献出来なかったヒロは、中学の時からずっと送りバントの練習をコツコツと続けていたのだ。

 大学三年からは、DH制の導入で送りバントの機会はずいぶんと減ってしまったが、ヒロはそれまで送りバントを一度も失敗した事がなかったはずだ。

 しかしこの頃は、せっかくの努力の成果も、披露する機会がすっかりなくなっていた。


 当然、西崎も水野も大沢もそれを知っている。

 だから送りバントで、西海岸のファンに最後の挨拶をして来い。

 そんなノリだったのだろう。

 ダグアウトの殆んどの選手たちも、面白がってそれに同調した。


 この時、指揮を取っていた明大の石川監督も、選手たちの言葉に乗せらせた。

 最終戦という事もあり、観客へのサービス精神もあったかも知れない。



「代打、杉村」


 場内アナウンスにスタンドが超大盛りあがりとなった。

 ヒロは西海岸で…いや全米ですっかりスーパーアイドルになっていた。


 そんなスタジアムの雰囲気も、ピッチャーをイラつかせる原因になっていたのかも知れない。

 小柄なヒロに対し、コントロールが難しかったのかも知れない。

 絶対に送りバンドさせない、という意識が強かったのは確かだろう。



 初球。


 98マイルのストレートが、ヒロの胸元を襲った。


 ヒロは咄嗟にバットを引いたが、ボールは指先を掠めバットに当たった。


 デッドボールの判定になった。


 ヒロは苦笑いしながら、自分でコールドスプレーを使って一塁に向かった。



 大した事にならなくて良かった。



 この時は誰もがそう思っていた。



 この後、水野のタイムリーで日本は 2点を追加し、第5戦目で初勝利を飾った。



 試合後、ヒロの顔が蒼白だった。

 どす黒い紫色の右人差し指が、倍以上の太さに腫れ上がっていた。



 ヒロは、右人差し指の第二関節を粉砕骨折していた。



 全治 2か月。



 帰国後すぐに緊急手術をした。


 この時でさえ、みんな楽観視していた。

 ハードワーク気味のヒロには、ちょうどいい休養期間となるだろうと…



 しかし 2ヶ月後、完治したはずの指先は全く動かなかった。



 それからの数か月間は、祈る思いで治療とリハビリに専念していた。

 大沢も秋のリーグ戦そっちのけで、ヒロのリハビリに付きっきりだった。


 しかしどれだけ以前のように投げても、ボールはただのスローボールだった。


 怪我が完全に治っても、指は元の形に戻らなかった。

 変形した人差し指は、ボールに微妙な回転をあたえた。


 以前とは違ってしまった指先の感覚はあせりとなり、別の部分に違う負荷がかかりだした。

 

 指先の血行障害、変形性関節症、そして慢性的な腱鞘炎。


 ついにその痛みで投げる事さえ出来なくなってしまった。



 舞い落ちる木の葉が…



 甦ることはなかった。

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