慣れなのか、不慣れなのか


 ・・・俺は今


 泣いていたのか ?



 透き通る細い肩に抱き締められていた。


 かすかな甘い香り。


 

 たぶん祥華は勘違いしている。


 あいつらを見て、同じグランドにいない自分が悔しくて涙を流してる…と


 だからこれは祥華にとって…


 “ 放っておけない ”


 シチュエーションだったのだろう。



 ただこの不覚の涙は…俺自身にさえ説明出来ない。


 


 ・・・そうか


 ピュアだからこそ、俺みたいな行動原理がストレートでわかりやすい男を “ 放っておけない ” のだ。


 確かにあいつらの優しさや正義感は、ピュアな祥華には “ 見えない ” のかも知れない。


 

 俺は両手を広げて祥華の肩を包み込んだ。

 強く抱きしめると簡単に折れそうだ。

 

 静かに唇を重ねた。



 

 “ 先頭の葛城が、左中間を真っ二つ ! ”


 アナウンサーがそう叫んでいた。


 これでチャンスの場面で水野に回る。


 もしかしたら、大沢にまで回るかも知れない。


 俺は顔を固定したままリモコンに手を伸ばして、テレビを切った。


 ふっ


 祥華の吐息がもれた。


 クスッと笑っていた。


 ん ?


 唇をわずかに離して目を覗き込んでみた。


「器用だね」


 祥華はそう呟くと再び唇をぶつけてきた。


 ・・・仔犬のようだな



 いろんな “ 目 ” を持った女だった。


 猛禽類のような目力を向けられる時もあれば、道に迷い途方に暮れる豆柴のような目の時もある。


 たぶん…どっちも祥華の本性だ。


 女が本能的に備える“ 裏の顔 ” は、たぶんない。



 俺は少し強引に、舌を侵入させた。

 奥の方から祥華の舌が恐る恐る現れた。

 “ ツン ” と俺の舌をつついて、また奥へ消えた。


 “ 慣れ ” なのか “ 不慣れ ” なのか不慣れな俺にはわからなかった。


 ただ、愛おしさが募るばかりだ。


 少し強めに、か細い背中を抱き締めた。

 驚くほどの力で、俺の腰を抱き締めてきた。


「…かい」 


 唇を重ねたまま祥華が喋った。


 ん ?


 俺はまた少しだけ顔を引いて、目を覗いた。


「にかい」


 かろうじて、そう聞こえた。


「二階 ?」


「連れてって」


 ほとんど声になっていなかったが、唇の動きがそう言っていた。



 俺はお姫様を扱うように両手で祥華を抱き上げた。


 ・・・おもっ


 本当は軽かったが、さすがに仔犬を抱き上げるようなわけにはいかなかった。

 身長は165センチほどか、しっかりとした重量感はあった。


「最近、ふとったの」


 祥華は俺の首に縋りつきながら小さな笑い声を漏らした。


「こんなん、教授が見たら腰抜かすね」


 コンサートホールのような階段を上りながら、初めて両親の帰宅に気がまわった。


「サンディエゴだよ」


 俺の腕の中で祥華がクスクスっと笑った。


「えっ ?」


「夫婦で旅行なの。今、野球観戦中」



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