バター入りマーガリン

 

 大画面にリプレイ映像が流れていた。


 相変わらずの冷静な判断、完璧なスタート、流れるようなスライディング。


 水野が見事な三盗を決めた。


 ・・・さすが氷の貴公子


 この回、四球フォアボールで出塁した水野は、4番塔馬が打ち上げたライトのファールフライで、二塁にタッチアップを成功させた。

 そしてまさかの三盗。


 プエルトリコの英雄、アウグストゥス・ジノは、大沢との勝負に集中し過ぎて、水野を警戒する余裕さえなかったか。

 今のは完全にノーマークだった。



 その大沢は日米戦、ここまでわずか一安打。


 初戦に140メートル級のホームランをかっ飛ばした。

 アメリカ選抜のエース、ハーンズの決め球100.1マイル(161キロ)のツーシームを右中間スタンド最上段に突き刺したのだ。


 だがこれがこのシリーズ唯一のヒット。

 その後は徹底的に厳しいマークに遭い、すっかりタイミングを崩している。

 まあ打撃なんてそんなもんだ。

 ましてやフルスイング。

 初見でそうそう打てる相手じゃない。


 だが不調でもピッチャーをビビらせる威圧感は健在だ。

 ランナーをスコアリングポジションに置いた場面では、ピッチャーの警戒感も強い。

 そのスキを水野が突いた。



 ・・・えっ ?


 大沢への4球目。


 水野がスタートを切った。


 ・・・スクイズ ?


 キャッチャーが立ち上がった。


 外されたっ !


 ・・・読まれてる


 ・・・大沢のバット…届くか ?


 ・・・ ?


 

 大沢はバントの構えをしていない…


 打席の後方にすーっと移動した ?



 ・・・あっ !



 あれは…


 大沢の体が、キャッチャーから水野を隠した。



 ・・・



 “ ホームスチールだ ! ”



 キャッチャーが高めのウエストボールを伸び上がるようにキャッチした。

 そのまま覆い被さるようにホームベースに飛び込む。


 水野が大沢の身体の前にまわり込んで、足から滑って来た。


 ・・・うまいっ !


 そのままホームベースを通過しながら右手でベースを掃いた。


 完全にキャッチャーの逆を突いた。


 キャッチャーはタッチ出来ない。


 セーフだ。



 日本が先制した。


 ダグアウトが大騒ぎになっている。


 全員が水野をハイタッチで迎えていた。

 

 飛び跳ねるヒロが映った。



 ・・・大沢もナイスアシストだ


 

 ・・・それにしても



 ここでホームスチールとは恐れ入る。



 ・・・躍動



 攻・走・守



 ・・・洗練



 水野のプレーはすっかり世界レベルだな。


 

 ・・・



 ・・・俺はこんな奴を意識してたのか



 比べる対象の凄さにも気付けずに、嫉妬やら劣等感やら…ずいぶんといじけた青春を送って来たんだな…



「水野くん、すごいっ」


 祥華が大皿を抱えたまま、画面を見て立ち尽くしていた。


 大皿には山のように、サンドイッチが積み重ねられていた。

 俺は立ち上がって、祥華から大皿を受け取りローテーブルに置いた。


「水野よりこのサンドイッチの山の方がすごい」


 ・・・量が半端ねぇ


「あれもこれもって、欲張り出したら止まらなくなっちゃった」


「こりゃ…うれしい」


 カツ、海老天、ハムたまご、ツナマヨ、ハム野菜…組み合わせのバリエーションがすごい…たまごもゆで卵、卵焼き、目玉焼きのバージョンがあった。

 その上、チーズバーガーもホットドッグもある。


「これは ?」


「こっちがイチゴと生クリーム、これがチョコレートとバナナ、この黒いのが小倉とバター入りマーガリン」


 ・・・バター入りマーガリンって ?


 そもそもバターとマーガリンの違いがわからん。


「早起きしたね」


 具材の種類がすごい…サラダも


「そんなに…だってサンドイッチだもの」


 祥華はごまかすようにテレビに目を向けた。


 スタンドの大声援。


 俺もつられて視線を大画面に戻した。


 日本が4回裏の守備につくところだった。


 三塁側の日本応援席が超盛り上がっている。

 ちょっと驚くほどの大応援団。


 また水野が大映おおうつしになった。

 こうやって見ると、カメラワークっていうのは、あからさまに人気選手のアップばかりを追うんだな…


 さっきから葛城と水野のアップばかり見せられている… それとダグアウトのヒロのアップもか。


「水野くんの目」


 祥華が遠い眼差しでテレビを見ていた。


「水野 ?」


「ここ三年ですごく変わったわ。貴さんたちのおかげよ」


 祥華がにっこりと微笑む。

 

 ・・・ヤバイくらい天使



「もっと、ま…前から水野を知ってた ?」


 ・・・こら ! 動揺すな !



「・・・知ってるよ。初恋の人だもん」


 



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