羨ましい ?


 94.5マイルのストレートが、外角低めいっぱいに入った。

 152キロくらいか。


 2球目は内角高めに際どく外れた。

 94.9マイル表示。


 大沢が大きく頷いている。


 大沢のリード。


 たぶん “ 90%の力 ” ってヤツ。


 あの唯我独尊の塊が初心に帰ったか。


 今日はおとなしく大沢のリードに従ってるようだ

 憧れのマウンドにしては西崎の顔が、ぜんぜん楽しそうに見えない。


  ・・・ははっ


 能面のようだ。

 

 やはり勝負にこだわっているのだ。

 5戦全敗ではせっかくの楽しい思い出も色褪せるだろうし、ヒロの活躍さえくすんでしまいかねない。

 

 第2戦の時、西崎は高めに浮いた98.4マイル(158キロ)をスタンドに放り込まれていた。

 滑るボールが原因なのか、マウンドが原因なのかわからないが、ボールが高め高めに浮いていた。


 やはりピッチャーの生命線は制球力だ。

 際どいコースを突く精密なコントロールがあれば、意表を突いたド真ん中だって武器になる事もある。

 しかしコントロールミスのあまい球は必ず打たれる。

 不思議と打者との勝負っていうのは、そういうものだ。


 ましてや、アメリカ大陸には165キロ超えのピッチャーなんて珍しくもないし、中米には106マイル(170キロ)を出すバケモノだっている。

 それでもメジャーに上がれない。

 結局は制球力の問題なのだ。


 西崎にコースを突くピッチングが出来れば、打球はゴロになる。

 お辞儀する150キロ超の剛速球を投げるピッチャーなんてアメリカにはいないはずだ。


 そして水野、紀尾井の二遊間コンビがいる。

 大沢、水野、紀尾井、葛城でセンターラインを形成するこのチームの守備力は決して相手に引けを取らないはずだ。

 

 三遊間のライナー。


 横っ跳びの太刀川がグラブを弾かれた。


 水野がスライディングしながら、こぼれ球を掬った。


 そして強靭な肩…肘…手首。


 倒れ込みながらのノーステップスロー。


 際どいが十分に間に合ってる。


 ・・・うまいなあ


 水野の守備を初めて見た時、俺は二刀流を捨てた。

 次元が違うと思った。


 だが…


 今、あの時とはレベルが違う。


 あいつの守備は超一流だ。


 これまで日本で実績を残した遊撃手も、海を渡るとポジション争いに敗れ、転向を余儀なくされている。


 しかし今…あいつのショートは誰にも負けないだろう。



 西崎は我慢のピッチングを続けていた。


 コントロールが安定すると、高速スプリットが効果を発揮し始めた。


 そして意表を突いた高速スライダー。



 3回。


 西崎がこの日初めて奪った三振は、キレッキレのスライダーだった。

 91マイル表示。


 ・・・はやっ


 146.5キロの “ シモボール ”


 ・・・


“ こんな球、どうやったら投げれんだ ? ”


 そう言って目を丸くしていた奴が、こんな大舞台で見せてくれた。


 和倉に讓ったはずの俺のウイニングショット。

 

 すっかりあいつのモノになった。


 あいつは三枝のカーブや大石のフォークだってコピーしたし、和倉のスプリットなんて完コピだ。

 のちにヒロの魔球さえも手に入れる。


“ そんな球、どうやったら投げれんだ ? ” 


 そう言いながら、仲間のいいところを吸収してしまう。


 そして、いつまでも経っても仲間からの借り物である事を公言する。


 この変な天才は、あっけらかんとその才能を高め続けていくのだろう。



 4回。


 西崎のストレートが、98.8マイル(159キロ)を計測し、この日初めて真っ直ぐで三振を奪った。


 ・・・さすが大沢


 西崎をゾーンに導きやがった。



 ん ?

 


 目の前に、超大盛りのサラダが出現した。


 グリーンリーフ、レタス、キュウリ、トマト、アボガド、ブロッコリー、セロリ…いんげん豆 ? といった野菜の中に、いろんなモノが紛れ込んでいる。

 ゆで卵、サイコロステーキ…

 海老、蟹、帆立…サーモン…

 …チーズ、アーモンド、胡桃


 ・・・あれは ?


 ポテチか。



「やっぱり…羨ましい ?」


 祥華が大画面を見ながら言った。


 割烹着がクリーム色のカーディガンに替わっていた。


 画面に目を戻すと、ダグアウトに戻る西崎と水野がグータッチを交わしていた。

 そこに大沢が合流して、3人並んで何やら言葉を交わしている。


「うーん…… 誇らしい…かな」


 そう言って、祥華を見上げるとそっと唇が重なってきた。

 


 



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