来て


 日米大学野球は、日本選抜がアメリカ選抜のパワーに圧倒されていた。


 ヒロ、西崎、和倉、陣内、北見、名峰のクローザー鷲美、明大のエース玉置といったそうそうたる顔ぶれが、ことごとく一発にやられていた。

 ボールの滑りや、マウンドの硬い土、傾斜なんかに戸惑って、制球に苦労しているようだ。



 第2戦。

 オークランド・アスレチックスの本拠地。

 マカフィーコロシアム。


 この試合に先発した西崎も球が上ずって、5回までに4点を失い敗戦投手になった。

 コントロールがあまく、特大のホームランを3本も浴びた。

 西崎はヒロ以上に、メジャーリーグのマウンドに立てた喜びで、舞い上がり過ぎたのだ。



 第3戦。

 雨模様のドジャー・スタジアム。


 先発した和倉は、6イニングで13三振を奪う好投を見せたが、やはり2本のホームランを被弾していた。


 0 ー 4


 和倉のあと、ヒロが7回からリリーフ登板した。

 ドジャースタジアムは大歓声でヒロを迎えたと言う。


 そんな中・・・


 “ 9人連続の三球三振 ”


 並み居るMBLの有望株が、誰一人としてバットに当てる事さえ出来なかった。



 俺はこの時の様子を、後に水野に聞いた。


 この時、ショートのポジションから見たヒロのナックルは、これまで見た事の無いような非現実的な軌道を見せたと言う。


 後ろからずっとヒロの投球を見続けて来た、あの冷静な水野が言うのだから想像を絶する。

 何しろあの大沢が、必死の形相で捕球していたらしい。


 生命を宿した球体が、右に左に彷徨い打者の手元で力尽きて舞い落ちる。

 まさに自分の “ 目を疑う ” 軌道なき魔球。



 伝説が生まれた。

 


 小さなエースは世界のアイドルとなった。


 翌日、アメリカの有力紙すべての一面に、杉村裕海の姿があった。


 各紙面には、Little Big Man「小さな巨人」の言葉が踊った。


 

 ・・・すごい奴



 “ 遊園地行こうよ ! シモ ” 



 まさか、あの馴れ馴れしいチビが…




 スポーツニュースに、最終戦のスターティングラインナップが、発表されていた。


 そう言えばちょうど、試合が始まる時間だ。

 確か第5戦はペトコ・パーク。

 サンディエゴ・パドレスの本拠地で、18時半にプレーボールだ。

 日本時間で10時半。


 ここまで日本は4連敗。

 さすがに全敗はしたくないよな。

 一矢報いたいところだろう。


 

1番センター葛城(名峰)

2番セカンド紀尾井(名峰)

3番ショート水野(南洋)

4番DH塔馬(明治)

5番キャッチャー大沢(南洋)

6番サード太刀川(名峰)

7番ファースト村上(東洋)

8番レフト加治川(名峰)

9番ライト嘉村(名峰)

ピッチャー西崎(南洋)



 ・・・すげーメンバー


 さすが名峰、5人も入ってる。


 だが…


 あの太刀川をサードに追いやる水野と、加治川を外野に追いやる大沢って、やっぱすげーんだな。




 “ ピピッ ”


 ・・・ん ?


 ニュース速報通知が入った。


“ 苦情殺到にNHKが異例の決断 ”



“ 杉村フィーバーの影響か ? ”


 

『 日米大学野球第5戦、テレビ中継決定 !』



 ・・・えっ ?


 ・・・中継 ?



 ナビのスイッチを入れた。


 センタークラスターから、モニターがせり上がって来た。


 ・・・おおっ !


 古い割にはメカニカル。


 モニターに何かのワイドショーが映し出されていた。


 選局ボタンを押す。



 ・・・


 おっ !


 いきなり西崎のアップが出てきた。


 ペトコ・パークのマウンド。


 大沢が、向かい合って何か話している。

 すぐ横に水野もいる。

 太刀川と紀尾井と東洋の村上もいる。


 ・・・西崎


 かっこいいじゃん。

 


 ぐるっとスタンドが映し出された。


 ・・・結構満員



 空。



 サンディエゴの圧倒的な青。



 ・・・くっそー



 ・・・いいなー



 ん ?



 サイドミラーに、チラッと何かが動いた。


 あのミラーは、何であんなにそっぽを向いてるんだ ?


 ・・・ああ


 俺が最初に動かしたのは、あのフェンダーミラーの角度調整だったのか。


 横に人が立っていた。


 ホワイトパールのサマードレス。

 シルクか。

 ところどころに、青い花がプリントされている。


 見上げると祥華がモニターを見て微笑んでいた。

 完璧メイク。


 ・・・


 とんでもなく美形だ。


 ノースリーブのか細い肩が透き通っていた。


 ・・・眩しいな


 俺はウィンドウを下ろした。



「来て」


 形のいい唇がそう言った。


「どこに ?」


「おうちに」


「えっ、ドライブは ?」


「危ないわ。貴さん野球見ながら運転する気でしょ ?」


「いや、そんなことは…」


「来て… ドライブはゲームセットしてからにしましょう」


 祥華はそう言うと、バスケットを抱えて背を向けてしまった。


 

 ・・・おおっ



 


 







 

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