西海岸のアイドル

  

 天野邸の広大な敷地に、センスよく配置された樹木の陰が、いつの間にかずいぶんと短くなっていた。

 真夏の太陽がギンギンに、頭上から照りつけ始めていた。


 もうすぐ10時。

 

 ・・・さすがお嬢様



 祥華は決して時間にルーズな性格ではない。

 約束に間に合うよう、前夜から準備万端整え、早起きもする。

 ただ何をやっても、我を忘れて夢中になる。

 手を抜く事が出来ない。

 それこそ時間をも忘れて、完璧を目指すのだ。


 もちろん、この時の俺にはそんな性格など知るべくもなく、お姫様のわがままくらいにしか思っていなかったが……


 ・・・まあ気長に待とう



 手元の携帯に目を落とした。

 液晶には、幼児のような無垢な笑顔が写し出されていた。

 

 ・・・さすが



 日米大学野球



 テレビ放映もない日本に比べ、アメリカでは大変な盛り上がりだと言う。


 元々、大学スポーツの人気は、日米で雲泥の差がある。

 そもそも日本とは大学スポーツの社会的地位が、根本的に異なる。

 日本では体育会系、ガタイ系、筋肉系などと揶揄して、スポーツを専門的に見る向きがある。

 アメリカではスポーツのレベルが高い大学は、必ず偏差値の高い難関大学であり、トップアスリートには高い教養が求められる。


 だから文武両道に秀で、高い見識を備え、尊敬に値する若者たちという認識が、アメリカには伝統として根付いている。

 そんなエリートが、母校の誇りをかけて青春の最後を戦う。

 そこにアメリカ国民が熱狂する。


 中でもバスケットボール、フットボール、クロスカントリー、そしてベースボールの一流選手は国民の憧れの的らしい。

 

 特にこの年の全米大学野球選抜メンバーには、ピッチャーにスーパースターが顔を揃えた。

 実際主力ピッチャーの3人は、翌年にMBLでエース級の活躍をしている。


 そんな全米が注目する中、ウチの天才 4人や名峰の 3K、そして和倉といったそうそうたるメンバーたちは、ほとんど夢心地の気分だったと言う。


 何しろ戦う場所が憧れの夢舞台。


 AT&Tパーク、マカフィー・コロシアム、ドジャー・スタジアム、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、そしてぺトコ・パーク。


 みんなただただ嬉しくて、舞い上がりっ放しだったようだ。



 第1戦


 サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地 AT&Tパーク


 日本選抜チームの先発は、杉村裕海。

 

 ヒロは日本のエースに祭り上げられていた。

 おそらく、西崎や和倉が面白半分に仕組んだ事だろう。

 ヒロがマウンドに上がると、球場は騒然となったらしい。

 2メートル級が揃うアメリカ選抜の怪物に立ち向かう、165センチ未満のエース。

 5・5フィートに満たないヒロは、アメリカでは、ローティーンサイズだ。


 ヒロはガチガチに緊張していたようだ。

 幼い頃から夢見てきた、AT&Tパークのマウンド。

 そして西海岸の低い湿度。

 魔球に驚くほどの威力はなかった。

 

 ヒロは5イニングを投げ、6安打2失点と今ひとつの内容だった。

 それでも11個の三振を奪い、スタジアムを大いに沸かせていた。

 ローティーンのような少年が、100キロを超えるような怪物をきりきり舞いさせて、嬉しそうにニッコリと微笑む。

 そんな絵を見れば、どこの国であろうとスタンドは大盛りあがりとなる。

 

 さらに試合後の、地元放送局のインタビューでは完璧な英語力を披露し、好感度抜群のコメント力を発揮した。


 ヒロは一躍、西海岸のアイドルとなった。


 

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