アウトサイダーコップ
サイバー犯罪対策室の “ 家庭教師 ” であるハッカーコミュニティは、県警のにわかハイテク捜査官にとっては貴重な存在だった。
そのコミュニティは自らを “ アウトサイダーコップ ” と名乗っていた。
アウトサイダーコップの活動サイト「track」のトップページには以下の挨拶文が謳われている。
「世界中で毎日、セキュリティ専門家やサイバー犯罪専門家が、サイバー犯罪者の不正活動や攻撃事例、そして、サイバー犯罪関連のフォーラムやネットワークを監視および研究しています。こうして、世界の人々がデジタル情報を安全に交換できるように貢献しているのです。
私たち部外者(アウトサイダー)はそれらの “ パシり ” になる事を標榜していますw。
アウトサイダーコップは、ユーザに対する攻撃を未然に防ぐとともに、関連情報を収集し、サイバー犯罪対策組織および警察当局との情報共有も実施しています」
アウトサイダーコップのメンバーは、一年ほど前に、南洋市中心に個人のアカウントに不正アクセスを繰り返すブラックハットの存在を知ったという。
いつの間にか、自分のPCに他人が侵入している形跡に気づいた被害者Aが “ アウトサイダー ” に相談して来たのである。
コミュニティの中心メンバーだった、紀藤利雄(仮名)は、不正侵入者を追った。
そして、南洋市在住者に同じような痕跡を発見した。被害者Bを発見したのだ。
紀藤は県警のサイバー犯罪対策室に相談した。紀藤からの通報で、サイバー犯罪対策室の捜査官は、まず被害者AとBに被害届の提出を求めた。
しかし、AとBはそれを拒んだと言う。
何の関係性も認められない二人だったが、訪れた捜査官には、不正アクセスは自分の勘違いだったと、二人ともまったく同じ反応を見せたと言う。
関係性はないが二人とも、一流と言われる上場企業の上級役職者だった。
捜査官はすぐに “ ピンと来た ”と言う。
恐らく 二人は恐喝されている。
不正侵入者に、公表出来ない何かを握られた可能性がある。
担当した捜査官は熱り立ったが、被害届のない事案に対して、にわかハイテク捜査官は、為す術がなかった。
そんな時、今度はアウトサイダーコップのメンバー 4人が不正アクセスの悪戯被害にあった。
無限アラート地獄。
メンバーのPCにいつの間にか、不正プログラムが組まれていたのだ。
恐らく犯人はJavaScriptを利用した簡易なコードで、何回閉じても無限にアラート画面を表示する悪戯を細工し、警告して来たのだ。
アラートを発するモニターには、無限に警告文が点滅していた。
“ 目障りだ。追跡するな ”
一気に尻込みしてしまったアウトサイダーコップのメンバーの中、電子機器メーカーの開発部の課長を務める紀藤利雄は、忙しい業務の合間を縫って、一人不正アクセスの追跡を続けた。
その頃、紀藤の会社で、鉄道車両の集電装置(パンタグラフ)を製造する現場で、感電事故が発生していた。
検査員が、右手中指の第一関節から先を失う重症を負った事故だった。
しかし、製造部はその怪我を隠蔽した。
“ 労災隠し ”
それを紀藤が内部告発した。
紀藤利雄の名前で、課長以上社長に至る管理職全員に、感電事故の詳細を社内メールで発信したのだ。
メールを開いて、一番驚いていたのは紀藤自身だった。
すぐに上司に呼ばれた。
紀藤は自分が追跡しているサイバー犯罪者による不正アクセスの経緯を説明した。
もちろん証拠はない。
紀藤自身が今回の被害者だった事も証明出来ない。
上司は複雑な表情を見せた。
そして取り敢えず、緊急避難的に自宅待機をするように命じた。
暗澹たる思いで帰宅した紀藤を、不気味に点滅を繰り返すPCモニターが待っていた。
“ ワナビちゃん 憐れなり ”
〜 パンタグラファーより 〜
アラートは紀藤利雄の内部を少しずつ壊し始めていた。
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