第ハ章 パンタグラファー

       【 来橋ゼミ 】 



 夏



 水野、大沢、ヒロ、西崎の4人が大学選抜チームに選ばれた。


 羨ましいという感情より、誇らしい気分の方が圧倒的に強かった。


 ・・・まあ選ばれて当然だわな


 4人は日本代表としてアメリカ選抜と対戦する為、西海岸へ旅立って行った。


 遂に別世界に飛び立って行った。


 一抹の寂しさ。


 それを思った時、俺の中の青春が終わった事をはっきりと感じた。


 

 あとの 4年生は、神宮大会を終えて全員が引退した。

 とは言っても、俺とジョーと島と桜町。

 北高出身の4人だけだ。

 同期が 23人。

 残ったのは、たった 8人だった。


 石神さんが折角集めた精鋭 23人も、変な監督やら妙なキャプテンのお陰で、次々と辞めていきすぐに 15人ほどになった。

 その中には和倉成彰もいた。


 そして、深町監督、水野キャプテンになってからは公平な競争が苛烈を極めた。

 春、新入部員を迎える度に新たな才能とポジションを争う事となった。

 レギュラー争いに破れ、ベンチ入りメンバーから外され、一人また一人と脱落していった。

 

 そして残ったのが 8人。

 その内の4人が今、日の丸を背負っている。


 凄い奴らとやって来た。


 この経験は、ジョーも島も桜町も、のちのちまで人生の大きな励みとなり、誇りとなっていくはずだ。


 俺の学生生活は3人の戦友と共に、勤勉で健全な就職活動中心となっていった。


 

 建築学部の桜町祐樹は、卒業までに二級建築士の資格を取り、地元大手の設計事務所への就職を目指していた。

 すでに内定は獲得していた。

 

 暮林丈一郎は法科大学院に進む為、受験勉強一色の生活に突入していた。

 来春には司法試験に挑むという。

 検察官になる夢に向かって、一切ブレないジョーの向上心には、この時期の俺にはかなりの刺激となった。


 島和毅は子供の頃から好きだったミステリー小説の影響から科学捜査に憧れ、本気で科捜研入りを目指していた。


 この時期、警察官を目指す島といつも一緒にいた事で、俺の目も自ずと警察社会に向けられていった。


 島は野球部引退後から、来橋ゼミに特別参加するようになっていた。

 その内ジョーも参加するようになった。


 元々二人は来橋ゼミの内容に強く興味を示していた。

 それを聞いた来橋教授は喜んで二人を受け入れてくれたのだ。


 大学のみならず、南洋市において俺たちはどこに行っても “ V戦士 ” と呼ばれ、ずいぶんと持て囃されていた。

 そんな中、来橋教授の神宮V戦士贔屓は、特にあからさまだった。


 本来、東京高等裁判所長官の経歴を持つ来橋教授の講義は大人気で、定員20人の来橋ゼミに入るのはかなりの難関だと言われていた。


 てっきり父親のコネで潜り込んだとばかり思っていた祥華にしても “ 来橋のおじ様 ” のゼミを取りたい一心で、いくつのもレポートを提出し、課題をクリアして来たという。

 この頃の祥華は熱狂的な来橋信者だった。

 来橋教授の講義は、祥華が持つピュアな正義感と知識欲を程よく刺激する内容だったのだろう。



 来橋ゼミのテーマは一貫して、の犯罪を議論し検証する事だった。

 錆びついた判例検証など全く無視し、刻々と変化する社会の背景から浮かび上がる犯罪を法的に論じるのだ。



 この時、俺は初めてこの言葉を聞いた。


 ネットワークに潜む悪魔。

 

  “ パンタグラファー ” 


 


 

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