ドラフト指名リスト
大学野球の
物ごころがつく前から始まっていた、俺の野球漬けの日々は、最高のハッピーエンドを迎えた。
“ やりきった ”
“ 続けて来てよかった ”
俺は心底そう思った。
決勝戦の試合後に、南洋ホワイトベアーズの石神さんに声を掛けられた。
石神さんは、ロッカールームに向かう狭い通路の壁にもたれかかっていた。
伝説のスカウトマン。
ブルーベイズ史上最高の中堅手と呼ばれた名選手でもある。
四十代半ばか。
短髪にちらほらと白いものが混じっていた。
しかし現役時代に忍者と称された言葉通り、細みでバネを感じさせる引き締まった体躯をしていた。
「よお、お疲れさん」
本当に疲れを労うような、人懐っこい笑顔で近づいて来た。
少し右足をひいて歩く姿を見て、試合中ジョーの無謀なプレーに、鬼の形相を見せた深町監督の顔が浮かんだ。
「お疲れ様です」
俺は少し気後れしながら、頭を下げた。
「おめでとう。今日もいい味出してたなあ」
ポンポンと、肩を叩かれた。
「ありがとうございます。でも、6回のチャンスの場面で返せなかったのが、悔しかったですけど…」
「そうそう毎回打てるもんでもないさ。南洋大は 6番にシモがいたから、前の奴らが思い切り振れた。そこは間違いない」
「・・・」
ヒロ、大沢、西崎、三枝、力丸…和倉。
この人が声をかけなければ、この才能たちは地元で埋もれていたかも知れない。
そんな凄い人に褒められて、逆に居心地が悪かった。
「その気があるのなら、俺のドラフト指名リストに入れとくが・・・」
・・・えっ !
心臓が止まるかと思った。
・・・でもこの時
何故だか俺は即答出来た。
「凄く光栄ですが、その気はありません」
ホントは、一瞬だけ揺れた。
神宮でも、意外とやれた感があった。
内心は、自分なりに優勝に貢献した満足感もあった。
・・・ヒロや大沢と一緒に、しろくまの一員になれたら最高だな
なんて思った。
だが…
すぐに水野のプレーが目に浮かんだ。
そして大沢と西崎のプレーが次々と脳裏に映し出されて来た。
ふと、ヒロの言葉が甦った。
“ 野球少年が真似たくなるようなプレー ”
DH制のないセ・リーグで、俺にそれが目指せるか ?
答えはノーだ。
大学レベルでさえ凡庸な守備力、走力しか持ち合わせていない外野手は、プロでは決して輝けない。
「・・・そうか」
僅かに息を漏らした石神さんがもう一度、人懐っこい笑顔を向けて来た。
「即答か・・・うん・・・いかにもシモらしい」
石神さんはそう言うと、ヒョイと右手をあげて立ち去って行った。
長話は俺を惑わすだけ。
すぐに立ち去ったのは、石神さんの気遣いだ。
結局、最後まで言わせなかった。
本当は・・・
石神さんもずっと迷っていたのではないだろうか ?
“ 肘の再建手術をして、ピッチャーで復活しろよ ”
石神さんがピッチャー下村に未練を残している、と言う噂は前から耳に入っていた。
その噂を聞いたヒロが直接、確認した事があった。
石神さんはヒロに対して、否定も肯定もしなかったようだ。
石神さんがどう考えようが、元々俺には迷いはなかった。
俺は野手に転向した事で、ここまで頑張って来れたんだ。
投手復活は選択肢にない。
あいつらが凄すぎた。
ヒロ、西崎、三枝、大石、和倉、切島、陣内…北見。
とても敵わない。
俺の野球はここでお終いだ。
俺は最高の思い出を胸に、本格的な就活を開始した。
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