あぶさん


 それまで打者としての大沢には、厳しい意見が多かった。


“ 当たればデカいが、アナも多い雑な打者 ”


“ 捕手能力は高いが、打者としてはプロでは通用しない ”


“ あんな打ち方してると、いつか故障する ”


 元々、プロのスカウトやマスコミからすれば、南洋には見るべき逸材が他に揃っていたので、大沢のポテンシャルを軽く見る向きが多かったのだろう。


 スーパスター、水野薫。

 アイドル、杉村裕海。

 天才二刀流、西崎透也。


 ずっとこの3人の陰に隠れていた大沢に、改めてスポットライトを当てたのは、準決勝後に南洋大の印象を訊かれた至宝のコメントだった。

 

 葛城雄一郎。

「大沢さんは目標とするバッターです」


 加治川翔。

「大沢さんは憧れのキャッチャーです」



 この二人がそう言えば、否定的な評価も手のひらを返したように一変する。

 いつの時代もマスコミの掌返しは、見事な切れ味を見せる。


 そんな注目度MAXの、それも神宮の決勝での第1打席。



 古高は大沢に対しても、得意のツーシームでストライクが取れなかった。 


 2ー0ツーボールからの3球目。


 151キロのストレート。


 キャッチャーは内角低めに構えたが、これが逆球になった。


 外角…やや中よりか ?



 大沢が繰り出す驚異のヘッドスピードは、大振り、無茶振りで生まれているのではない。


 圧倒的な捻転力。

 それを生み出す強靭なアキレス腱。


 ベテランスカウトや野球評論家が故障を心配するのは、その捻転力だ。

 従来の日本人の体質なら背筋や腹斜筋、そしてアキレス腱を傷めるように見えるのだろう。


 しかし、大沢はローティーンの頃から捻転力をつけるトレーニングを積み重ねて来た。


 これもヒロの発想だ。

 躰の大きな…手足の長いバッターのスイングが速ければ、打球は凄く遠くまで飛ぶだろうな、という単純な発想。


 それを大沢のトレーニングに実用化させたのだ。

 そして18歳からは、その鍛えられた躰を

深町監督がメンテナンスして来た。


 アスリート、大沢秋時の肉体は杉村裕海と深町監督が創り出した奇蹟なのかも知れない。



 そしてこの時の逆球が、大沢秋時のポテンシャルを暴き出した。

 

 “ 大沢のフルスイング ”


 これはヒロが小学生のころから追究し続けた末に辿り着いたトップアスリート理論だ。



 その一打を理論的に見るとこうなる。


 まず、大沢の左足が始動した。


 摺り足から大きく踏み出された左足を着地させた瞬間、足を内旋(内に絞る)させようとする。

 左足のアキレス腱の弾力が、反発力を股関節に伝える。

 そうすると股関節が深く回る。

 この動作によって股関節は鋭く回転しにいこうとするが、胸はまだ回ることを我慢している。

 これを野球の用語では「割れ」という。

 体は打ちに行っているが、バットはまだ出てきていない。

 前足に内旋をかけることで下半身と上半身との間に捻転差ができる。

 体に捻転差があることで、体幹部がパチンコ鉄砲のゴムが張ったような状態を作り、腹斜筋などの大きな筋肉がバットを加速させるために働く。

 後足である右足も最後まで捻転して、左右股関節の回旋エネルギーを使い切る。

 すると右足も左足に引きつけられるような形になる。

 両足を内旋させると背骨の垂線(背骨を軸とした線)に巻きつく。

 そこで初めて上体のエネルギーを徐々に開放していく。

 胸、肩、肘…そして最後にバットのグリップからヘッドに向けて、パワーのベクトルが一点となる。


 特に左足の内旋が大沢にとっては重要で、これがいわゆる“壁”を作り出すことになる。

 その壁を分厚くしているのが、強靭なアキレス腱だ。


 生み出されたすべてのエネルギーが、151キロで飛んで来た僅かな一点と結びついた。



 見事なジャストミートだった。


 目で追う事も難しい打球が、超高速ライナーで・・・


 レフトの上空に消えた。



「あいつはあぶさんか」



 深町監督が唸った。

 


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