不思議なのは大沢だ

 


[ 決勝 東都リーグ代表 東洋大戦 ]



 先攻

 南洋大学のスターティングラインナップ。


 1番 セカンド辻合

 2番 サード力丸

 3番 ショート水野

 4番 キャッチャー大沢

 5番 センター暮林

 6番 ライト下村

 7番 DH 鷹岡

 8番 ファースト東山

 9番 レフト島

   ピッチャー大石

 


『西崎透也 発熱の為、決勝の登板回避』


 こんな小さな嘘も、今や世間ではトップニュース扱い。 

 とにかく南洋関連の記事は、どんな些細なエピソードにもアリが群がる状態だった。 


 不祥事てんこ盛りの警察社会からすれば、南洋大が名峰大を下した快挙は絶好の隠れ蓑だったろう。


 俺たちはまさに、ありとあらゆるメディアから “ ちやほや ” されていた。


 そんな中で迎えた決勝の晴れ舞台。


 先発予定の西崎が二日酔いで死んでいた。

 とてもそんな事は言えない。

 だから宿舎に監禁だ。

 ちなみに深町監督の顔色も冴えない。


 昨夜宿舎では、名峰撃破の興奮で相当に盛り上がった。

 しかし、下級生は未成年。

 当然、大会中は上級生も全員飲酒禁止だ。


 こういう時、世の中には自分に厳しい人間と、自分に優しい人間が存在する事に気付かされる。


 昨夜の夕食後。

 水野、ヒロ、ジョー、三枝、大石の 5人は東洋大のビデオを見て、徹底的に戦力分析を重ねたようだった。

 しかもホテルの会議室を借りる徹底ぶりだ。


 俺だって部屋にビデオを持ち込んで分析はした。

 しかし、すぐに島がビールを持って部屋を訪れて来た。

 折角だからと、リキ、凌、コータの 3人を部屋に呼んで、ビールを飲みながら分析を行った。

 ホントは単なる野球鑑賞だったが…


 他の連中もこっそりとビールくらい飲んだはずだ。


 だが、深町監督、西崎、大沢の3人は監督の部屋で怪しげな試飲会をしたようだった。

 何でも監督が持ち込んだ “ アブサン ” とか言う80度近いリキュールを3人で空けてしまったらしい。


 西崎は起床時間になっても起き上がれず、もどしまくっていたし、監督の顔も死んでいた。

 監督はマスコミにバレないように、朝からホテルのサウナに籠もり、必死の酒抜きに余念がなかった。


 不思議なのは大沢だ。

 朝から普段とまったく変わらず、朝食もおいしそうに食べていた。


 一部を除いて、こんな不謹慎の集まりのようなチームが、神宮の決勝で東都大学の雄と戦って勝てるわけがない。

 真剣味がなさ過ぎる。


 普通はそう思う。

 たぶん、水野なんかはそう思っていただろう。

 

 しかし、初回。

 東洋大のエース古高は、立ち上がりの制球に苦しんでいた。


 力丸、水野の連続フォアボール。


 ワンアウト一塁、二塁。



 ここで大沢の伝説が生まれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る