真似たくなるような選手
低い弾道ミサイルがショートの頭を越えて、さらに加速したように見えた。
白球が左中間を切り裂こうとしている 。
葛城と福田が懸命に追っている。
・・・抜けろっ !
コータが三塁をまわった !
リキが二塁ベースを蹴った !
抜ければ・・・
リキの足なら帰って来れる。
リキが帰れば一気に同点に追いつく。
・・・ !
センターの葛城が左中間フェンスに向かって、大きく廻り込んだ。
抜けたっ !
福田もすでにクッションボールに備えて背中を向けている。
・・・どんだけ伸びるよ・・・ん ?
コバルトブルーのフェンスに映し出されるはずの白球が現れない。
・・・ ?
葛城が
・・・
あの弾道が・・・
そのまま入ったのか ?
マウンド上の北見が、スローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちた。
塁審が左中間を駆けながら、右手を大きく回した。
・・・ぎゃっ
逆転サヨナラ 3ラン !
・・・勝ったのか
「やったぁー」
最初に歓喜の声をあげたのは島だった。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
凌が雄叫びをあげながらグランドに飛んで行った。
凌に続くように叫びながら、ベンチメンバーが次々とグランドに飛び出して行く。
俺たちは絶対王者を倒したんだ。
水野が…
一発で決めた。
「ホントに自分でカタをつけちゃったね」
ヒロが俺に頷いて見せて、ダグアウトから出て行った。
「とんでもねー打球だった」
そう呟いた俺の背中を、ジョーと島が同時に押して、俺たちも水野を迎える為にグランドに飛び出した。
三塁をまわった水野がゆっくりとホームに帰って来た。
こんな時でも、相変わらず表情に乱れがない。
いや、正面で待つヒロを見て、僅かに口許が綻んだか ?
ホームベースの周りは仲間たちで満員だった。
俺は回り込むように水野の背後についた。
水野がホームベースを踏むと同時に、ヒロが正面から抱きついた。
両サイドから西崎と大沢が頭をバンバンと手荒く祝福していた。
俺も水野の背中を祝福しようと手を出した瞬間、押された水野の体が倒れながら戻って来た。
俺の掌底がカウンターパンチとなって、水野の後頭部にモロに入った。
・・・あっ !
水野が膝から崩れ落ちた。
その上に西崎が、大沢が、ヒロが、ジョーが、島が、リキが、コータが・・・
ベンチメンバー全員が水野の上に積み重なった。
・・・ ヤバッ
この時、水野は3分ほど気を失っていたらしい。
試合終了後、ベンチメンバー全員が大応援団の前に並び、勝利の報告をした。
スタンドを見上げると、全員が拳を突き上げたり、手を振ったり、踊ったり大変な騒ぎになっていた。
ベンチ入りの叶わなかった奴らが、必死に手を振ってくれていた。
天野教授も、来橋教授も両手を突き上げていた。
北高の仲間の姿もあった。
・・・
祥華が手を振っているのが見えた。
泣いているようにも見える。
“ 水野くん、いけえー ”
・・・あの時、祥華の声だと思った
・・・気のせいか
グランドを引き揚げる直前、南大のダグアウトに陣内が顔を出した。
「おひさデス。おじさん」
陣内が
「おう、見事なピッチングだった」
監督は優しそうに目を細めていた。
「いえ、今日は完敗でした。でも正直いいチームと戦えたと思えました」
陣内はずいぶんと爽やかキャラに変わっていた。
「・・・そうか、相手にそう言われるのが一番嬉しい」
監督はホントに嬉しそうに、陣内の肩をポンポンと叩いた。
「決勝も勝ってくださいね」
陣内はそう言って監督、そして水野に頭を下げた。
水野が穏やかな目で頷いた。
「ああ、オヤジさんによろしく」
監督がおそろしく優しい目で言った。
「はい」
陣内は爽やかに返事をして、戻り際にヒロに向かっても丁寧に頭を下げた。
「俺も野球少年が真似たくなるような選手を目指します」
「もうなってるかも」
ヒロが例の幼児のような笑顔を見せた。
「ぜんぜんです」
陣内はそう言うと、駆け足で三塁側へ戻って行った。
・・・ ?
「ヒロの言葉が沁みたかな ?」
島が陣内の背中を見送りながら、ニンマリとした。
「ヒロが ? なんで ?」
俺は島に訊いた。
「4回だったっけ。トーヤの捕殺」
「ああ、太刀川を二塁で刺したプレー」
・・・左中間の遊撃手
「あん時ヒロ、マウンドでトーヤを待ってたじゃん。俺もトーヤと一緒だったんだけど、アイツがもうマウンドにあがって来てて、トーヤのプレーを褒めたんだ」
「それなら俺もトーヤに聞いた。ナイスプレーって褒められたって」
「そう、そのあと“ 小学生のお守りも大変ですね ”って言ったんだ」
・・・ひどっ
「西崎よくキレなかったなあ」
「キレかけたけど、ヒロがトーヤの肩を押さえて、陣内にフレンドリーシートの方を指差して」
「フレンドリーシートって、確か今日リトルリーグの優勝チームが招待されてたよな」
「あん時、トーヤのプレーであのシートめちゃくちゃ盛り上がってたんだ。で、ヒロが少年たちを指差して、陣内に言ったんだ」
「何を ?」
「“ こんな大舞台で野球が出来るぼくたちには、彼らが真似たくなるような、目をキラキラさせるようなプレーをする義務があると思う。だから西崎透也ってホントすごいと思うんだよね ” って」
「・・・なるほど・・・だけどあの後アイツ荒れてなかったか ?」
俺たちを挑発して楽しんでいたプレーは、少年たちの目にどう映っているか。
ヒロはそれを伝えたかったんだ。
「荒れてた荒れてた」
島が可笑しそうに手を打った。
「でも、少しづつヤツの良心に沁み込んでいったわけか」
「たぶん、そうだと思う。後半のアイツのボール凄かったし・・・結果、俺たちが苦労する羽目になったけど」
「まあヒロにしてみれば、勝敗よりも少年たちの夢の方がはるかに大事だからな」
「しかし、よく勝ったもんだ」
島がしみじみと言って、また手をあげた。
俺たちは、十数回目のハイタッチを交した。
“ パチンッ ”
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