水野くん、いけえー !
9回裏
南洋大 0 ー 2 名峰大
コータが何も言わずにダグアウトを出て行った。
すぐにリキも続いた。
マウンドに北見将剛が立った。
あの中京大戦で完全試合を達成した、絶対王者の絶対的エースの登場。
高校時代には、10以上のメジャーリーグチームから誘いを受けたと言う。
葛城雄一郎と並び、球界の至宝と称される男。
決勝に備え、この日の出番はないと思っていたが・・・
王者は常に万全を期す、か。
北見は淡々と投球練習をしている。
確かに放っているオーラが違う気がする。
150キロ超えのカッター、ツーシーム、シンカーを確認するように順番に投げている。
そして158キロと160キロのストレート。
160キロ表示に球場全体が揺れた。
・・・速い
と言えば確かに速い。
が・・・
・・・ん ?
ウェイティングサークルに並ぶコータとリキが不敵なまなざしを浮かべていた。
・・・
・・・やっぱりか
ダグアウトにも不敵な空気が漂っていた。
水野も西崎も大沢も同じ想いか ?
たぶん、考えている事は俺と同じ。
“ 打てないピッチャーじゃない ”
『1番、セカンド辻合』
コータが打席に立った。
不敵なまなざしがマウンド上の至宝を射抜いている。
初球のストレート。
161キロが内角に切れ込んで来た。
コータは何の迷いもなく、シャープに振り抜いた。
・・・芯を喰う快音
ピッチャー返しだ。
北見の足元を掠めるようにして、打球がセンターに抜けた。
・・・よしっ
力みのないスムーズなスイング。
・・・さっすが
一瞬、場内が静まった。
塁上のコータが大応援団にコブラのガッツポーズを向けた。
一塁側のスタンドが一気に沸き上がった。
場内が騒然としていた。
“ 北見が打たれた ? ”
みんなそんな顔をしている。
しかしそれほど驚くことでもない。
さっきまで陣内の高速カッターや高速シンカーにも、散々苦しめられて来た。
ふだんは西崎の剛球にいつもビビらされている。
大石龍太郎のフォークだってただ事じゃない。
そして・・・和倉成亮のフォーシームは今も目に焼き付いていた。
俺たちにしてみれば、北見は決して特別な存在ではない。
「2番、サード力丸」
いつまでもザワザワが続く中、リキが初球の157キロのツーシームを、走りながら三塁線に転がした。
好ダッシュを見せたサード田牧が自慢の強肩を見せた・・・が
リキがあっという間に一塁を駆け抜けていた。
「セーフ !」
・・・やるじゃん
リキがめっちゃ笑顔で、大応援団にガッツポーズを向けた。
うおぉぉぉぉぉぉー !
一塁側は大喜びだ。
・・・なんとっ !
ノーアウト一塁二塁。
これで大沢にまでまわる
「3番、ショート水野」
水野がゆっくりと打席に向かう。
場内はザワザワしっぱなしだった。
タイムをかけて、マウンドに行こうとした加治川を北見が右手を上げて制した。
・・・プライドか
北見がふと、水野のあとに控える二人の男に目をやった。
何気に、感情を殺したような顔を無理やり繕ったように見えた。
それを見つめるウェイティングサークルの西崎。
その横で大沢が豪快に素振りをしていた。
北見の顔が、動揺を噛み砕いて呑み込んだような中途半端なものに見えた。
北見がセットポジションに入った。
“ 水野くん、いけえー ! ”
・・・えっ ?
祥華 ?
俺がバットを握り締めて、ダグアウトから足を一歩踏み出した時・・・
水野のバットが一閃した。
北見の投じた163キロを、それよりも段違いのスピードで弾き返した。
心地いい快音が鳴り響いた。
・・・
その打球は、これまで俺が見て来たどの打球よりも速く、そして美しかった。
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