杉村裕海と大沢秋時を追いかけて
「ボール !」
153キロの速球が、手元で浮き上がったように見えた。
釣り球のフォーシームが、アウトハイに際どく外れた。
・・・よく見た
これで
ジョーは見事な落ち着きようだった。
カッター、シンカー、そしてフォーシームの際どいコースをしっかりと見極めている。
恐らくスライダーは来ない。
ジョーは、球速のない変化球を捌くのが得意なバッター。
外に逃げるスライダーは、リーチの長いジョーには狙い球だ。
それはバッテリーも充分わかっている事だろう。
6球目。
インハイッ !
145キロ。
・・・やはりウィニングショットで来た
ジョーは体を開き気味にして、踏み込んだ。
しかし、バットは動かない。
見逃したっ !
・・・
「ボール ! フォア」
陣内が膝に手を当てて俯いた。
・・・さすがの選球眼
一塁側のスタンドでも、何十人かが同時にガッツポーズをしていた。
応援席のみんなが、俺たちにパワーを送ってくれている。
ゆっくりと一塁に向うジョーに、敬意を込めて拳を突き出した。
ジョーが真顔で敬礼を返してきた。
ワンアウト一塁二塁。
・・・この出塁はデカい
これで 9回には確実に水野まで回る。
そして西崎・・・大沢。
・・・いける
『南洋大学、選手の交代をお知らせします』
・・・おっ
『バッター森田に代わりまして、代打桜町』
・・・えっ ! サクラ ?
応援席から歓声があがった。
スタンドに並ぶユニホームを来た部員全員が、異様に盛り上がっていた。
・・・嬉しいじゃんか
ずっと俺たちを陰で支えて来た努力の男。
サクラは後輩たちに慕われるいい意味で、イジられキャラでもあった。
最後の最後に訪れたサクラの神宮初打席には、やはり感慨深いものがある。
この采配は、いかにも深町監督らしい。
もしかしたらヒロの提案か ?
それとも大沢か ?
ネクストバッターズサークルの島が、サクラの肩を抱くようにして打席に送り出した。
左打席に向かうサクラに、ジョーが肩を揺すって、リラックスポーズを見せた。
固かったサクラの表情が少し緩まった。
「気楽に行こうっ !」
そう叫んだ俺に向かって、サクラが大きく頷いて見せた。
・・・気楽に行こう、サクラ
杉村裕海と大沢秋時を追いかけて、北高から南大に入った仲間が今、大学王者相手に同時にグランドに立っている。
・・・よくまあ
6年以上も一緒にやって来た。
・・・楽しもうぜ
ファーストの支倉とサードの田牧がすーっと前に出た。
さすが名峰。
サクラの特長もしっかりと把握している。
・・・まあ当然か
サクラのバント技術はチーム1、2を争う。
陣内がセットポジションに入った。
サクラがすぐにバントの構えをする。
初球。
内角高めっ !
フォーシームだ。
サクラがバットを出した。
俺はスタートを切った。
・・・
ボールは後方に弾かれていた。
「ファール !」
152キロのフォーシームをインハイ。
バントが最も難しい球。
さすが陣内。
・・・頑張れ、サクラ
2球目。
外角低め。
シンカー。
サクラが沈むボールに飛びついた。
絶妙な打球が、三塁線に転がった。
・・・うまいっ
俺は必死に走った。
ここで俺は死んでも、殺されるわけにはいかない。
脇目も振らず三塁ベースに突っ込んだ。
「ファール !」
・・・えっ ?
三塁線を切れるのを待った田牧が、安堵の表情でボールを拾っていた。
・・・くっ
サクラが追い込まれた !
ツーストライク。
「ナイスバントだった」
俺はサクラにサムアップを送った。
しかし・・・
ここでスリーバントは出来ないだろう。
・・・相当厳しくなった
・・・ん ?
うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおお !
突然、グランドが揺れた。
・・・なんだ ?
三塁側のスタンドが大騒ぎをしていた。
そして、球場全体に轟きが疾走った。
悲鳴のような若い女の歓声。
レフトのファールグランドの奥。
そこに視線が集中していた。
俺は視線の先、名峰のブルペンに目をやった。
あの男がゆっくりと肩慣らしを始めるところだった。
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