あえて無表情を装った

 

 陣内の目が真っ直ぐ、打席に入った俺に向かって来た。

 鋭くもなく、笑みも含まれない真っ直ぐな澄んだまなざし。

 柔らかさすら感じさせる。


 ・・・余裕か ・・・自信か


 コータから西崎までいい当たりを4本続けられて、大沢には散々ビビらされた。

 だが大沢を三振に打ち取った。

 確かにホッとしているかも知れない。

 

 “ 峠を乗り越えた ”


 まあ、どんなヤツでもそう思うか。

 俺がピッチャーでもそう思う。

 南洋の下位打線は大した事ない。

 だから、いいピッチャーほどプレッシャーを感じずに、上から目線でベストピッチをして来る。


 だから・・・



 陣内が初球を投げたっ !


 内角低めだ。


 ・・・俺が打てば、逆に慌てさせる事になる


 フロントドアのシンカー。


 もう、迷わない。


 ・・・ファーストストライクをぶっ叩く


 予測した軌道に向かって、踏み込んだ。


 ヘッドを遅らせて体重移動だけで、ヒッティングポイント一点にバットを叩きつける。


 逃げながら沈むボールの内側にヘッドが入った。


 ボールに腰をぶつけるイメージ。

 そして左手を強く絞り込む。


 ・・・捉えた !

 

 打った感触が、ほとんど手に伝わって来なかった。


 しかし、打球ははっきりと見えている。

 

 ショート太刀川の頭上を真っ直ぐに越えていった。


 よしっ !


 ネコ科の疾走を思わせる葛城のスプリントが見えた。


 葛城が一直線に跳んだ。


 一塁ベースを蹴った。


 白球が左中間を割ったのが、はっきり見えた。


 ・・・抜けたぁっ !


 クッションボールを掴んだ福田が、中継の太刀川に返球した時には、二塁ベースを踏んでいた。

 

 ベース上からダグアウトを眺めると、仲間たちがガッツポーズを送ってくれていた。


 応援席も大騒ぎだ。


 俺は右手を小さくあげるにとどめた。

 あえて無表情を装った。

 大喜びを見せないのは、陣内に対するちっぽけな意地だ。


 “ まだ点が入ったわけじゃない。ヒット打ったくらいじゃ、喜んでいられない ”


 そんなポーズを気取ってみた。


 ホントはめちゃくちゃ嬉しかった。


 “ 野手転向が報われた ”


 こんな時に、そんな事を考えた。

 じわっと、こみあげるものが来た。

 だからすぐにスコアボードに顔を向けた。

 ここで涙目なんて、死んでも誰にも見せられない。

 


 ワンアウト二塁。

 何としてでも、ホームに帰りたい。

 1点差ならウチの天才たちが、何とかしてくれる。

 9回はこれで、リキまで回る。 

 誰か一人でも出塁すれば、水野に回る。

 

 “ 絶対勝てる ”


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