風薫る秋（とき） “あぶさんと呼ばれた男”の裏側

行ける

　・・・北見将剛

　まさか。

　・・・この試合、出て来るのか ?

　それとも俺たちにプレッシャーをかける為に、わざとブルペンに入ったのか ?

　球場全体が騒然とする中、陣内がセットに入った。

　・・・いかん

　今はとにかくサクラの打席に集中だ。

　俺は今、ホームに帰る事だけを考える。

　3球目。

　・・・外角に逃げるシンカー

　3球勝負だ !

　サクラは外角に合わせるように、泳ぎ気味にバットを出した。

　当てた !

　打球がライトに上がった。

　・・・久々の実戦で、陣内の決め球を外野に飛ばしやがった

　嘉村が 3メートルほど前進して来た。

　浅いか ?

　・・・三塁を獲る

　・・・サクラの打撃を無駄にしない

　俺は上体を低くして、タッチアップの体勢に入った。

　嘉村が助走をつけながら捕球した。

「シモ、ストップッ !」

　・・・ぐっ

　サクラの叫び声。

　俺はつんのめるように、体を止めた。

　刹那、ライトから矢のような送球が目の前を通過した。

　ストライクボールが、サードの田牧にダイレクトで返ってきた。

　・・・あっぶねー

　走ってたら完全に刺されていた。

　俺はダグアウトに戻るサクラと目を合わせた。

　・・・走れなくて悪かったな

（ゴメン、浅いフライになっちゃった）

　アイコンタクトでそんなやり取りを交した。

　・・・お前のバッティングが生かせなくて悔しいぜ

　これでツーアウト。

『9番、レフト島』

　・・・島、サクラのリベンジだ

（まかせろ）　

　島の目がそう言っていた。

　初球。

　・・・外角

　・・・これもシンカー

　バックドアだ。

　島が沈むボールをいきなり叩いた。

　俺はスタートを切った。

　打球が二遊間に飛んだ。

　・・・見事なセンター返しだ

　三塁コーチャーズボックスの凌が、左右の手の平を俺に向かって突き出した。

　・・・三塁ストップか

　センターをふり返った。

　葛城はまだ捕球していない。

　・・・行ける

　俺はスピードを落とさずに三塁ベースをまわった。

　・・・9回、もし北見が出て来るようなら

　ここで 1点でも返しておく必要がある。

　俺は意識的に歩幅を狭くして、少しずつ上体を下げていった。

　ホームベースの先にコータが見えた。

　右側を指し示していた。

　ベースの前に、加治川が立ち塞がっている。

　加治川の重心が僅かに左側へ動いた。

　コータの指示どおり右側が空いた。

　その右側へ頭から突っ込んだ。

　加治川が捕球したのが見えた。

　空いた右側に重心が戻って来た。

　加治川のミットを掻い潜った。

　・・・タッチされていない

　右からまわり込むようにして、左手でホームベースを掃く。

　・・・はずだった

　その左手が空振った。

　・・・しまったぁ

　ベースに触れないまま、体がホームを突っ切った。

　・・・

　這いつくばった俺のけつに、キャッチャーミットが押し付けられた。

「アウトッ !」

　・・・

　・・・やっちまった