挑発するなら堂々と

 

『センター、西崎に代わりまして暮林。ライト、暮林に代わりまして下村。ピッチャー、三枝に代わりまして西崎』


 ・・・へっ ? 西崎 ?



『4番、ピッチャー西崎。6番、ライト下村。7番、センター暮林。以上の変更となり、下村選手のDHが解除となります』


 監督は何も言わず、そのままダグアウトの奥へ戻って行った。


 ・・・おいおい、っざけんな ! さっき俺にリリーフって言ったよな ?


 思わず監督の背中を追おうとした俺の前に、ヒロが立ちふさがった。


「ごめん監督は今、ジョーの危険なプレーで頭が混乱しているんだと思うよ。たぶん監督は自分が、何を言ったか気づいていないよ。きっと、、トーヤが。だから守備の準備しろ、って言ったつもりなんだ」


 ヒロが申し訳なさそうに言った。


 ・・・略し過ぎだろ


「こんな大事な場面で、シモをおちょくったりしないよ」


「・・・いや、もちろん分かってる」


 俺はヒロに笑って見せて、守備位置に急いだ。


 ・・・俺もヒロに、気ぃ使わせちまったな。少し考えれば分かる事だ。ここで俺がリリーフの訳がない


 ただ、最後の最後。

 神宮のマウンドで投げてみたい。

 どこかでそう思っていたのかも知れない。

 だから、自分でも驚くほどカッとなった。

 実際、今も心臓がバクバクしてるし…


 ・・・ヒロは、そんな俺の浅はかな想いまでもお見通しなんだろな


 大事な守備だ。

 

 ・・・落ち着かなきゃな



 試合再開。



 西崎の初球。


 福田の胸元。


 “ ズダン ! ”


 157キロ。


 うおぉぉっ !


 スタンドが騒めいた。



 2球目。


 外角低めっ !


 “ ズダン ! ”


 福田が見送った。


「ストライクッ !」


 158キロ。


 速くて、重くて、きちんと制球。


 ・・・さすがの落ち着き


 ツーストライク。


 

 3球目っ !


 外角高め。


 ここまで聞こえて来そうな、唸る剛球。


 外角に合わせた、福田のきれいなスイング。


「ストライックアウトッ !」


 ・・・三球三振 ! ん?


 159キロ。


 ・・・いきなりMAX ! 凄ごっ


 一塁側の大応援団が爆発した。


 ・・・おっ ?


 西崎が三塁側のダグアウトの前で、肩慣らしをしている陣内に、拳を突き出した。

 陣内の顔色が変わった。


 ・・・明らかな挑発


 マウンドを降りる西崎に主審が注意している。

 西崎は、帽子も取らずに素通りだ。


 ・・・挑発するなら堂々と


 ・・・西崎らしいじゃん




 8回裏。


 大沢からの攻撃。


 ここは1点でも返しておきたい。

 そして、一人でも多く打順を進める。

 そうすれば9回、ウチはまた上位に回る。

 コータもリキも、そして水野だって充分期待出来る。



 大沢への初球。


 外角高め。


 156キロ !


 フォーシームだっ !


 大沢のフルスイング !


  ぞっ


 打球が消えた。


 ・・・レフトか ? あれを引っ張った ?


 レフトの福田はまったく動いていない。

 ただ、空を見上げるだけだ。


 レフトポールの遥か上空。


 ・・・


 線審も空を見上げて固まっていた。


 ・・・


「ファ、ファールッ !」


 ・・・マジか !


 一塁側応援席からはブーイングの嵐。


 ・・・あんなん、判断つかねーだろ


 苦し紛れのファール判定じゃん。


 

 しかし大沢はすでに構えていた。


 ファール判定には、何の興味もなさそうだ。


 陣内の表情には明らかに動揺が見えた。


 意表を突いたフォーシーム。しかも、今日最速。そして恐らく高めに外れるボール球。

 それを、場外に叩き出された。



 2球目。


 加治川が中腰になった。


 外に緩い球。


 スピードを落としたスライダー。


 しかもボール球。


 外にどんどん逃げる132キロのスライダー。


 ぶっ叩いたぁ !


 ・・・これも強引に引っ張った


 火を噴いた怒り狂った打球が、レフト線の僅か左、人工芝を切り裂いた。


「ファール !」


 ・・・こえー


 陣内の顔が明らかに引き攣っている。


 あれじゃあ、ストライクコースに投げられない。


 大沢のスイング、やば過ぎる。


「タイムッ !」


 加治川が思わずマウンドに駆け寄った。



 過熱する応援合戦。


 一塁側も三塁側も凄い事になっていた。



 マウンドではキャプテンの紀尾井が、しきりに陣内に檄を飛ばしている。


 俺の所へやって来た大沢に、ロージンバッグを放った。


 “ 歩かせかな ”


 それを口に出しそうになって、慌てて飲み込んだ。

 おかげで陳腐な言葉が出て来た。


「いい集中だ、大沢」


「おうよ」


 大沢が一瞬、白い歯を見せて打席に戻って行った。


 加治川もキャッチャーボックスに戻った。


 まさか、ノーアウトで歩かせはないか ?


 陣内がプレートに足をかけた。


 場内が静まる。



 “ シュント 自分の投球っ ! ”


 ・・・えっ ?


 突然、三塁側から声が響いた。


 陣内がプレートを外した。

 しかし、声がした方を見上げる事もなく、俯いてマウンドを見つめているだけだった。


 ・・・もしかして


 今の、アイツの親父の声だった ?


 

 陣内がプレートに足をかけ直して、顔をあげた。



 ・・・ん ?


 目が生きて・・・



 3球目。


 投げたっ !


 外角低め。


 ・・・やはり


 シンカーだっ !


 148キロ、バックドア。


 大沢が踏み込んだ。


 見逃したっ !


 ・・・


「ボールっ !」


 ・・・凄い球だった


 それを大沢が見極めた。


 しかし陣内も満足そうないい顔をしていた。



 4球目。


 内角っ !


 胸元。


 ・・・カッターか ?


 154キロ・・・フロントドア。


 大沢は一度始動したバットを止めた。


 ・・・


「・・・ボールッ !」


 一瞬、判定に間が空いた。


 曲がらなかった。


 ・・・フォーシームだった



 凄い勝負。


 だが・・・



 2ー2ツーエンドツー



 5球目。


 ・・・大沢は見切っている


 また内角っ。


 大沢が右足を溜めた。


 シンカー・・・


 のタイミングでフルスイング。



 ズバーンッ !



 ・・・うっ



「ストラックアウト !」



 うおぉぉぉぉぉっ !



 151キロのシンカー。



 マウンドの陣内が、高々と右手を突き上げた。

 

 ・・・とんでもない、高速シンカー



「惜しいな」


 大沢とすれ違いに声をかけた。


「いいピッチャーだな・・・だけどシモなら行ける」


 珍しく大沢の表情が、悔しさを滲ませていた。


「まあ、気楽に行くさ」


 俺は大沢にそう言って左打席に向かった。



 ・・・そう、あの大沢が打てなかったんだから、気楽に行くしかない


 もしかしたら、俺の野球人生・・・



 “ 最後の打席 ”



『6番、ライト下村』


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