リリーフ

 

 8回表。


 先頭の田牧が、三枝のカーブを右方向にぶっ叩いた。

 まさかのホームラン性の当たり。


 しかし打球は途中で失速し、右に切れ始めた。

 ライトポールの右に落ちそうだ。


 ・・・ふっー、ファールだ


 ・・・えっ ?


 ジョーが跳んだ 。


 暮林丈一郎がポール下のフェンスに肩から突っ込んで行った。

 ジョーらしからぬ無謀なプレー。


 しかし


 ・・・捕ったっ !


 ジョーは捕球してから体を反転させて、背中からフェンスに激突した。


 ・・・


 

 いつの間にか監督が、ダグアウトの前に飛び出していた。

 鬼の形相。


 塁審が倒れたジョーを覗き込んでいる。

 しかしすぐにジョーが立ちあがって、グラブを塁審に差し出した。


「アウトッ !」


 うおぉぉぉーっ


 一塁側とライトスタンドの大応援団から轟音が巻き起こった。

 一瞬でお祭り騒ぎ。

 やはり応援席にも点が取れないストレスが溜まっているのだ。


 西崎、コータ、島、水野 …

 野手がみんな、ジョーの元へ駆け寄っていた。


 ジョーは手を振って笑っていた。

 頭は打っていない。

 咄嗟に急所を守る術は心得ている。


 監督が何やらブツブツ言いながら、ダグアウトの奥に戻って行った。

 目が怒りで燃えていた。


 たぶん、ジョーはあとで説教だ。

 例えどんな状況であろうと、フェンスに向かって飛ぶと監督はめちゃくちゃ怒る。

 恐らく優等生のジョーだから、代えられずに済んだ。

 俺がやったら半殺しの刑だろう。

 石神さんを再起不能にしたフェンス際のプレー。

 深町監督の脳裏には、常にそれがあるのだ。


 ジョーの気持ちも痛いほどよく分かる。

 このチームと少しでも長く一緒にプレーしたい。

 最後の最後まで少しでもチームの役に立ちたい。

 その一心なのだ。


 しかし8番バッターが、緩いカーブを流し打ちであそこまで持っていくとは驚く。

 名峰の打線はどこからでも、ホームランが飛び出すのだ。


 そして9番の加蓮セヴェリーノ。

 名峰一のパワーヒッターが 9番に控える。


 大振りするパワーヒッターを手玉に取るのは三枝の十八番おはこ

 しかし加蓮の詰まった当たりも、島がフェンスギリギリで捕球するレフトへの大飛球となった。

 少しズレただけで簡単に持って行かれそうだ。


 ツーアウト。

 打順が1番に還った。


 左の嘉村。

 三枝との初打席。

 ふつうに考えれば、まともなスイングさえ出来ない。

 しかし嘉村は決め球の外角スライダーを、渋くレフト前に落とした。


 ・・・とんでもねーバッティング技術


 ツーアウト一塁。

 そして2番、右の福田。

 さすがにもう1点も与えられない。


「シモ、リリーフだ」


 巨大な熊の手が、俺の肩を叩いてダグアウトを出ていった。


 ・・・へっ ?


 深町監督が主審の方へ、のっそりと歩いて行った。

 監督が選手交代を告げている。

 “ ピッチャー交代 ” とか “ 下村 ” の言葉が聞き取れた。

 

 ・・・なっ ?


『南洋大学の守備の変更をお知らせします』



 ・・・うそっ

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