騙されやすいヤツ
『3番、ショート水野』
一塁側のスタンドから巻き起こる大歓声。
そして異常な数のカメラの閃光。
その光は、一度狙いを定めた手負いの獲物が、いつか力尽きて動かなくなるのを上空からじっと待つコンドルの眼光か。
“ 10年、20年に1人 ”と言われる天才は、天才じゃなかった事が証明されるまで、マスコミに清にしろ濁にしろホットな話題を提供し続けなければならない宿命にある。
・・・水野はマスメディアのおもちゃか
「フルスイングだ !」
ウェイティングサークルの西崎が、水野の背中に檄を飛ばす。
「ホームランか三振か、で行こう」
振り向いた水野に、今度は大沢が声をかけた。
僅かに水野の口角が上がった。
「無心だよ、キャプテン 」
ダグアウトのヒロが明るい声を出した。
水野の目にすーっと光が差したように見えたのは、気のせいか。
ワンアウト二塁。
ランナーのリキが、紀尾井と太刀川の位置を確認しながらジワリジワリとリードを広げる。
セットポジションの陣内に、ランナーを気にする素振りはない。
ずいぶんと落ち着いたものだった。
水野に集中する事だけを考えているようだ。
初球を投げた。
アウトロー !
・・・はやっ !
154キロのカットボール。
・・・きわどい
水野が見逃した。
「ストライクッ !」
ギリギリのバックドア。
・・・見事なコントロールだ
・・・さすが王者の元エース
完全試合が潰えても、リキに完璧なバッティングをされても、動揺を感じさせていない。
「ナイスピッチ !」
加治川が大声を出して、返球した。
「ナイスピッチ !」
それに連動して紀尾井や太刀川も声を出す。
外野の嘉村や葛城からも、陣内に檄が飛ぶ。
・・・いいチームだ
2球目。
真ん中高め。
・・・スライダーだ
途中からギュイーンっと水野の胸元を襲って来た。
水野はまったく動かなかった。
「ボール !」
水野の背中が大きく見えた。
さっきまでとは落ち着きが違う。
3球目。
インロー。
・・・シンカーか ?
水野が内角に踏み込んで行った。
豪快なスイング。
・・・ドンピシャ !
ガツッ
痛烈な打球が一塁コーチャーズボックスの柱木の背中を掠めた。
「ファール !」
ボールの上っ面を叩いた。
しかし、シンカーの軌道を捉えていた。
完全に “ 水野の間合い ” だ。
だが追い込まれた。
1ー2
4球目。
アウトロー。
・・・カッターか
踏み込んで・・・
バットを止めた !
「ボール !」
149キロのシンカー。
・・・はやっ !
あれをよく見たな。
2ー2
陣内が一度気を鎮めるように、二塁に牽制球を投げた。
いいタイミングだ。
打席の水野は、その間もまったく動かない。
間合い、フルスイング、ホームランか三振、そして無心。
監督や仲間のアドバイスに応える事だけに、ただ集中しているようだ。
5球目。
内角。
・・・速いっ
155キロ表示。
腰の高さのカッター。
・・・水野は読んでる !
渾身のフルスイング。
捉えたぁー !
・・・ ?
打球がとてつもなく高くあがった。
ライトの嘉村がバックしている。
あっという間にフェンスに背中がついた。
大飛球。
だか、意外と伸びない。
・・・詰まったのか ?
嘉村が 1歩 2歩と前に出た。
ボールがやっと落ちてきた。
嘉村がガッツポーズしながら捕球した。
リキが悠々とタッチアップ。
「よっしゃー !」
加治川が吠えた。
・・・今のタマ ?
「真っ直ぐだっただろ !」
「ここで投げるとはな。しかも155のフォーシーム」
島が悔しそうに言った。
・・・へっ ?
「ん ?」
ア然とする俺の顔を、島が不思議そうに見ていた。
「・・・まさかシモ。アイツが真っ直ぐを投げれないって言う話を、本気で信じてた ?」
島が目を丸くしている。
「・・・まあ・・・そんな事はないが・・・」
・・・
「だよな。変化球をあれだけ制球しておいて、そんなわけねーよなぁ」
「・・・ああ・・・やっぱり島もそう思ってたのか ?」
「そりゃあそうさ。だけどあんな凄いスピンが来るなんて思わなかったな」
「・・・まあな。アイツすげーな」
・・・
俺は、人に騙されやすいヤツなのか ?
『4番、センター西崎』
ツーアウト三塁。
マウンドの陣内は落ち着いた涼しげな表情をしているが、アゴ先からは大量の汗が滴り落ちていた。
西崎が構えた。
コイツはいつも冷静だ。
これほどON/OFFにギャップのあるヤツも珍しい。
西崎は初球のシンカーをぶっ叩いた。
センターだ。
これも高く打ち上げた。
・・・これも詰まったか
コバルトブルーのフェンス。
120メートル地点。
葛城がすでにフェンスに手をかけて、打球を待っている。
・・・越えろ !
葛城がジャンプした。
そして、着地してそのまま座り込んだ。
塁審がセンターに向かって必死に走っていた。
駆けつけた塁審に、葛城がグラブを突き出した。
マウンドの陣内がセンターに向かって、拳を突き上げていた。
7回が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます