間合い

 

 7回裏。


 陣内の投球練習。

 この間に投げる7~8球には相当な気合いがこもっていた。

 しかしそれは今だけの話じゃない。

 あのヤローは初回から投球練習だけはヤケに真剣だった。

 そしてそれを受ける加治川からも、それは感じられた。


 いいピッチャーには無駄球を投げない習慣が身についている、と聞いた事がある。

 意味の持たない投球をするくらいなら、投げない方がいい、という考え方だ。


 子供の頃の俺に、是非教えてあげたい心構えだと心底思う。

 ピッチャーというのは、それだけ肩肘に大きな負担をかけ続けるポジションなのだ。


 ウェイティングサークルに並ぶコータとリキが、マウンドに鋭い視線を送っていた。


 さっきの俺の打席以降、陣内の目にイジメっ子が姿を現わさなくなった。

 カッターもスライダーも、真剣に投げ始めたと言う事か。


 南大はここまで一人も出塁していない。

 しかも本気の投球は 5回の西崎あたりからか ? それからまだ一回りもしていない。

 そんな情報量では、特に球道の見づらい右バッターには相当厳しい打席だろう。


 どう考えてもアイツは左打者で打開するしかないピッチャーだ。


 左・・・水野、一年の守りのスペシャリスト森田、そして俺の三人。


 こんな時、これまでの水野なら必ず何とかしてくれた。


 ・・・しかし


 



「おーい、集まれぃ」


 ダグアウトの奥に棲息するクマがむっくりと立ちあがった。


 監督がダグアウトの最前列にのっそりと姿を現した。

 手には湯呑みを持っている。

 深町監督は熱い緑茶を飲みながら、試合観戦をするのが趣味なのだ。


 それにしても試合中に選手を集めるなんて・・・


 初だ。


 みんなが不思議そうに監督の前に集まった。

 監督の目は妙に眠たげだった。


 ・・・寝起きか ?



「つまらん」


 ・・・えっ ?


「今日のお前らの攻撃はホントつまらん 。守備の時はおもろいが、バッティングなんて見ていて肩凝ってしょうがない」


 ・・・おい、ケンカ売ってんのか ?


「今日のお前らの打席、息苦し過ぎる。大沢と西崎だけはまだマシだが、それ以外の奴は全員が駿斗しゅんとの土俵で勝負しとる。アイツのペースに合わそうとばかりしとる。だから、見ていてもちっとも楽しくない」


 ・・・しゅんと ?


陣内駿斗じんのうちしゅんと。監督は子供の頃からの陣内をよく知っているんだ」


 島が耳打ちして来た。


 ・・・な ! … んじゃ、そりゃ ? 


「辞めた陣内スカウト部長とは、ブルーベイズ時代からの悪友らしい」


 ・・・そう言えば、この人昔ブルーベイズのトレーナーをやってたんだ


「まず、自分の間を作れ」


 監督は唐突に言った。


 ・・・ま ?


「とにかくそれが最優先だ。でないと勝負にすらならん。ピッチャーとバッターは一対一の真剣勝負だぞ。敵の間合いで決闘して力が出せるか ? ああ見えて駿斗は、お前らに間を与えない為に最初から必死なんだ。審判に警告されるギリギリの手段を使ってまでもな。お前らも必死になって自分の間合いを見つけんと、この試合最後までつまらん野球を続ける事になるぞ」

 

「急いでっ !」


 主審が大声で催促してきた。


「待たせてすいませーん ! 」


 監督が主審に猫撫で声を返した。


「・・・コータ行け ! 自分の間合いで、自分の個性が存分に発揮出来れば、それだけでいいんだ。結果なんて気にするな」


「御意 !」


 コータが敬礼して、回れ右をした。



 ・・・うむ


 意外と心に響くお言葉。


 しかし、もう7回。


 ・・・ちーと遅くねーか



 コータはかけ足で右打席に入った。


 と、同時に陣内がモーションに入る。


 ・・・はやっ


 初球。


 いきなりシンカーか。


 外角低めのバックドア。


 コータが思いっ切り踏み込んでから、バントの構え。


 いや、バットを引いた。


「ボール !」


 加治川がすぐに返球する。


 コータもすぐにバントの構えで、2球目を待っている。


 陣内の動きが止まった。


 目に笑みもなければ、いじめっ子もいない。


 改めてモーションに入った。


 途端にコータが、バントの構えをやめてバットを大上段に振り上げた。


 内角高め !


 150キロのカッターを見送った。


「ストライク !」


 1ー1ワンエンドワン


 コータが一瞬、打席を外して小さく素振りをした。

 しかしすぐにボックスに戻って構え直した。


 それだけの事で、陣内の間がズレた事がはっきり見てとれた。


 ・・・さすが、ウチの曲者キング



 3球目。


 スライダーだ !


 コータの腹を抉るフロントドア。


 を・・・しっかりと溜めて


 叩いた !


 右方向へきれいに合わせたバッティング。


 フォロースルーを抑えた完璧な流し打ち。


 ライトの前。


 嘉村が低い姿勢で突っ込んで来る。


 打球が落ちる寸前、前のめりの体勢でボールを掴んだ。

 そのまま流れるように胸から滑り込んだ。


「アウトッ !」


 ・・・惜しい


 しかし、ふつうに捉えていた。


 コータは自分の間合いで、きっちりと個性を発揮した。


 “ センスの塊 ”


 アウトになっても、コータがそれを魅せてくれただけで、こんなにも心が踊る。


 ・・・あのクマさんスゲーな




『2番、サード力丸』



 リキは初球を狙った。


 胸元を切り裂く152キロのカッターを、いきなりフルスイング。


 ジャストミート !


 あっという間に、レフト線の人工芝に引かれたラインを白球が抉った。


「フェアッ !」


 おおおおぉぉーっ !


 力丸が一塁を蹴った。


 回り込んで、ボールを掴んだ福田が、二塁に目が醒めるようなレーザービーム。


 ・・・こいつもスゲー肩じゃん !


 リキが跳んだ。


 体を回転させながら捕球した、紀尾井の流れるようなタッチ。


「セーフ !」


 ウオォォォーッ !


 リキが塁上で両拳を突き上げた。


 ダグアウトの全員が、リキと同じポーズで応えた。


 ・・・やっとランナーが出た


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