変なチーム


 いつの間にか柔らかい日射しの天色が、ピンぼけのような空に変わっていた。 

 

 気温 31℃ 湿度 59%


 ほんの1時間半ほどで気温が 7℃ 上昇し、湿度が3倍に跳ね上がっていた。


“ かみなりのいし? ” で進化したヒロに、空気抵抗という援軍まで駆けつけて来たか ?


 序盤、ヒロのナックルをグランドに叩きつけていた名峰打線も、5回からは芯を外したような打球が増えていた。


 だからヒロは 7回もマウンドに上がった。

 せめて名峰のクリーンアップを、抑えてから降板したいと。

 それだけの手応えもあったのだろう。


 魔球は甦ったのだ。


 この回の先頭、紀尾井の打球も掠ったようなボテボテの当たりだった。

 これがサードの前で不規則な動きをした。


 それでも力丸の動きに無駄はなかった。

 イレギュラーな打球に慌てる事もなく、素速くダッシュして右手で掴んで、いつもの強肩を魅せつけた・・・が


「セーフ !」


 内野安打。


 ・・・とんでもねー足



 ノーアウトで駿足ランナーを出してしまった。

 限界を越えているヒロには、さすがにキツいランナー。


 それでも、ヒロは丁寧に牽制を繰り返し紀尾井の足を封じながら、続く4番太刀川も同じように打ち取った。


 今度はショートの前。


 猛然とダッシュした水野が、迷わず二塁に送球。


「セーフ !」


 コータがすぐさま一塁にステップスロー。


 太刀川が転がり込むように一塁に駆け込んだ。


「セーフ !」


 ・・・オールセーフ


 ・・・水野のフィルダースチョイス



 ノーアウト一塁二塁。



 “ 野球の結果なんて半分は運 ”


 そうは言っても、これは酷だ。



『 5番、センター葛城 』


 三塁側から悲鳴混じりの歓声が爆発した。


 ・・・ウーン


 やはり水野がおかしい。

 さっきの回のエラーといい、サード後方のフライに真っ先に飛び込んだのも、らしくない判断ミスだ。

 そして冷静さを欠いた今のプレー。


 マウンドに内野陣が集まっていた。

 ヒロとコータが戯けているようだが、水野の表情は固い。


 センターの西崎がゆっくりと屈伸を繰り返している。

 ブルペンの三枝と大石はもうすでに仕上がっている。


 大沢の合図で深町監督がダグアウトから出て来た。

 主審に交代を告げた。


『南洋大学の選手の交代をお知らせします。ピッチャー杉村に代わりまして三枝』



 ブルペンから三枝が駆け足でマウンドに向かっている。

 相変わらずのポーカーフェイス。


 ヒロが三枝にボールを渡して、マウンドを降りた。

 まさに万雷の拍手がヒロを讃えていた。


  6イニングを4安打1失点。

 見事な粘りのピッチングだった。


 ベンチメンバー全員が、ダグアウト前でヒロを迎えたが、ヒロの表情は決して晴れやかとは言えないものだった。



「アンダーシャツくらい替えとけよ」


 ダグアウトに戻るなり、最前列に陣取るヒロの頭にタオルをかけてやった。


「結局、カズを苦しめる事になっちゃった」


 ヒロは弱々しいなまなざしを、マウンドの投球練習に向けて呟いた。


「まあ、そこはウチの守備がなんとかするさ。水野もこのままじゃ終われないだろう」


「これまでキャプテンには、散々助けてもらったのに、借りが返せなかった」


「水野は自分でなんとかするだろう。その方がアイツらしい。それよりアイツがミスった途端にみんなの目の色が変わった。みんなが借りを返すチャンスが来たって、喜々としてるんじゃないか」


「・・・変なチームだね」


 ヒロが目をショボつかせて笑った。


「西崎なんかマジで嬉しそうにだし・・・」


「ハハハッ、トーヤはキャプテンに貸しを作りたくてウズウズしてそうだね」


 ・・・確かに変なチームだ



 試合再開。


 葛城への初球。


 アウトローのスライダー。


 三枝得意の完璧バックドア。


 を、葛城がいきなりぶっ叩いた。


 三遊間だ !


 強烈な打球が大きく跳ね上がった。


 ・・・ !


 水野が跳んだぁ !


 ・・・高っ !


 追いついてる !


 そのまま空中で、三塁へスナップスロー。


 ・・・超人かよ


 ベースを踏んで捕球した力丸が、すぐに一塁へ転送。


 ボールが唸りを上げて地を這った。


 葛城が頭から飛び込んだ。


 森田が懸命に伸びる・・・送球がバウンドする前に掬い上げた。


 ・・・うまい


「ア、アウトォー !」


 ヒロと俺は同時に立ち上がっていた。


「シャーッ !」


 ヒロが抱きついて来た。


 また、ゲッツー取った。


 水野が森田に親指を突き立てた。


 珍しく柔らかな表情だ。


「変なチームだけど、最高のチームだな」


 俺は泣きべそのヒロとハイタッチを交した。


「マジで最高だね」



 ツーアウト二塁。


 バッター加治川。


 まだまだ気が抜けない。


 

 三枝はコーナーいっぱいの投球を繰り返していた。

 見事なコントロールだ。


 だが、加治川もボール球には手を出さない。

 結局、ボール球が先行してしまう。


 3ー1スリーワン


 ・・・歩かせか ?



 5球目。


 インハイのカーブ。


 胸の高さ・・・明らかなボール球。


 ・・・!


 加治川が引きつけている。


 遅い球を思いっ切り、押っ付けて右方向に振り払った。


 一塁線上の後方に上がった !


 森田が懸命に下がる。


 背中を向けた大きな体が飛んだ !


 ・・・ボールが落ちたっ


「フェア !」


 塁審がフェアグラウンドを指差した。


 太刀川はホームに突っ込んでいる。


 猛然とダッシュして来たジョーが、全力バックホーム。


 しかし、大沢が捕球する前に太刀川は滑り込んでいた。


「セーフ !」


 ・・・敢えてボール球を狙いやがった


 やられた。


 ここで追加点。



 三枝は続く支倉をセンターフライに打ち取った。


 終盤に来て2点差がついた。


 天邪鬼野郎は 6回までパーフェクト。


「このままだと・・・」


 隣りに座るヒロが、澄んだ目を向けて来た。


「シモは、次がラストの打席になっちゃうね」


「いや、もう一試合やるさ」


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