天邪鬼の偏屈野郎

 

「そのスカウト部長ってのが、アイツの親父だった ?」

 

「そうです。この2、3日、ネットでは “ 因縁の対決 ” とか言って、結構盛り上がってる話題ですよ。親父さんのその後の再就職話やら、陣内さんの復活劇なんかが、有る事無い事好き勝手に書き込まれてました」


「じゃあ、ウチの連中もみんな知ってる話なのかな ?」


「みんな何も言わないんで分かりませんけど

陣内じんないならともかく、陣内じんのうちってを見ただけで、当時を知ってる人ならだいたい分かっちゃうんじゃないでしょうか。少なくとも横浜地元じゃあ知らない人はいません」


 ・・・ネットの話題なんて、俺キョーミねーし


「それが何故、いま名峰にいるんだ ?」


陣内じんのうちさん、あの翌年のドラフトでブルーベイズに指名されるはずだったんです。でも親父さんが球団を辞めちゃったら、その話もなくなっちゃって、地元にも居づらくなったんでしょうね。で、心機一転っていうか一念発起、日本一の野球名門に一般入試で入ったんです。奨学金とバイトでなんとか野球を続けて、名峰のエースにまで登り詰めた悲運のヒーロー」


「お前、めちゃくちゃ詳しいな」


「高校の後輩ですから」


「えっ ! あの暁國ぎょうこく学園 ?」


「俺が暁國に入った時には、あの人 2年生エースでした。その当時からすでにあのキレッキレのシンカー投げていましたよ」


「そんな凄いピッチャーが、ドラフトでは指名されなかったのか ?」


「今みたいなコントロールありませんでしたから・・・だから親父さんのコネみたいな形でプロ入りしてたら、結構苦労してたかもしれませんね。あの人は名峰の一般入試から這い上がったんです。そのモチベーションの源がキャプテンであり、親父さんの失業なんでしょうね」


「じゃあ水野は、気不味い対決を強いられてるわけだ」


「だから、陣内さんはああやって悪態をついて、水野さんに対して自分を奮い立たせてるんだと思いますよ。昔から天邪鬼で偏屈でしたから、逆にマスコミやら、ネットの書き込みなんかをおちょくっているんじゃないですか」


「水野こそいい迷惑だな」


「たぶん、キャプテンをおちょくって混乱させて、南洋を完封して、これまでの鬱憤を晴らして、すべてをチャラにするっていうのを狙っているんだと思います。まあ、いろいろ複雑な思いもあるんでしょうが・・・」


「めんどくせー野郎だな」


「見た目ほどの悪人ではないです。・・・おっ !」



 ヒロが130キロのフォーシームで福田を打ち取った。



 ・・・が


 打球がフラフラっとサードの後方に上がった。


 水野が懸命に追っている。


 力丸も背走する。


 島も突っ込んで来ている。


 3人の真ん中に打球が落ちて来た。


 ・・・微妙・・・だが島が間に合うか ?


 水野の横っ跳び。


 ・・・届かない


 すぐに島がスライディングで飛び込んで来た。


 島がキャッチしたようにも見えたが・・・水野と重なって、ボールが跳ね上がった。


 浮いたボールに力丸が跳びつく。


 3人が交錯した。


 ・・・捕ったか


「セカンッ !」「アウトッ !」


 塁審と大沢の声が重なった。



 加蓮セヴェリーノがタッチアップで二塁に向かって爆走していた。


 力丸がすぐに起き上がって、二塁に送球・・・ボールがギューンと浮き上った。



 送球はコータの遥か頭上。


 これが大暴投になった。


 それを見て加蓮が二塁を蹴る。


 ・・・やった !


 コータの背後に、ジョーがヌッと現れた。


 ボールを受けたジョーがそのまま二塁に突っ込む。


 ジョーに気付いた加蓮が、慌てて二塁に戻ろうとして棒立ちになった。


 勢いあまったジョーが加蓮に抱きつくようにタッチ。


「アウトッ !」


 ・・・よしっ ! ゲッツー



 これは力丸得意のプレー。


 間に合わないと思った瞬間、大暴投のふりしてバックアップのライトに送球する。

 暴投を見たランナーは必ず、三塁を伺うために、二塁ベースから離れる。


 そこを狙ったセコいプレーだが、これでヒロも救われるのだ。

 俺がライトに入っている時にも、やった事がある。


 また守備で救われた。


 チェンジ。



 その裏。


 天邪鬼の偏屈野郎の投球は、完璧だった。


 キレッキレのスライダー。


 唸りを上げて襲いかかって来るカッター。


 そのカッターと同じ軌道から深く沈むシンカー。


 そして、加治川のリードと選抜二遊間コンビの守備。



 6回裏。


 南洋の下位打線は為す術もなく、凡打を重ねる事になった。



 6回を終了して1 ー 0 名峰 南洋


 試合は終盤戦に入った。



 


 








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