因縁

 

「凄い当たりでしたね ! ビビリました」


 三塁コーチャーズボックスに入っていた鷹岡凌が、気遣って駆け寄って来た。

 二人で並んでダグアウトに戻りながら、スーパーカラービジョンを振り返った。


 センター葛城のスーパープレー。

 一直線に背走し、そのまま真っ直ぐジャンプして、フェンス直前でキャッチ。

 そのまま体を一回転させて、背中からフェンスに激突しているが、特にダメージもなさそうだ。

 しっかりとフェンスまでの距離を測った、危険を感じさせないプレー。

 ギリギリの、しかし余裕も感じられる堅実なビッグプレー。


 リプレイ映像を見て、改めて大歓声が巻き起こっていた。


 俺も思わず葛城に向かって、頭上で拍手していた。

 気づいた葛城が、俺に向かって軽く帽子を取った。

 照れたような恥ずかしそうな仕草。


「敵わねーな」


「そこで敵に拍手を贈るシモさんの方も凄いと思いますが・・・」


 凌が真剣なまなざしを送ってきた。


「いや、俺のは単なる負け惜しみ・・・」


「シモ、カッケー !」

「シモさん、凄いッス」

「やるじゃんかぁ」

「あの野郎真っ青な顔してたぞ、さっすがー」

「捕られちゃったけど、力湧いてきたよ」


 ダグアウトに戻ると、入れ替わりに守備に出る連中が、みんな声をかけてくれた。



「目が生きる、か。よく分かったな」


 最後にダグアウトから出て来た大沢には、こっちから声をかけた。


「分かっていても、おれはバント失敗。シモは完璧に捉えた。伝えておいてよかった」


「俺だって捕られたんだ。せっかく教えて貰ったのに生かせなかった」


「いやあのバッティングは、この後生きる」


 大沢はそう言って白い歯を見せると、キャッチャーボックスに向かって行った。



「ヒロさん、シモさんの大飛球を葛城に捕られちゃったんで、ますます燃えますね」


 隣りに座った凌が、期待を込めた目をマウンドに向けながら弾んだ声を出した。


「確かにアイツ、変なところでスイッチが入るからな」



 6回表。


 先頭の加蓮セヴェリーノ。

 195センチ110キロの怪物。


 が、あっさりとショートに平凡なゴロを転がした。


 あっ !


 水野が弾いた。

 ボールが大きく跳ね上がった。

 

 ・・・もう間に合わない


「超珍しい、俺キャプテンのエラー初めて見ました」


 凌が目を真ん丸くして呟いた。


「俺もだ」



“ えぇぇぇぇぇぇーっ ! ! ! ”


 三塁側からわざとらしい奇声が聴こえて来た。

 エラーを責め立てるような、見下した声。


 主審がそっちを睨んだ。


 バッテリーがダグアウト前でキャッチボールをしているが、誰が発した奇声かわからなかった。


「アイツは人格破綻者か ?」


「自分を鼓舞してるんでしょうね」


 凌が寂しそうに言った。

 まるで陣内を庇うようなもの言いだった。


「鼓舞 ?」


「キャプテンを貶めるような態度を取って、自分を追い込んでいるんですよ」


「えっ ? 」


 俺は思わず凌を二度見した。


「何故、そんな事が分かる ?」


「・・・あれ ?」

 

 逆に凌の方が不思議そうな顔を向けて来た。


「あれ ? って ?」


「もしかしてシモさん、知らない ? とか ?」


「何を ?」


「キャプテンと陣内じんのうちさんの因縁」


 ・・・因縁 ?


 

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