目が生きる

 

 5回裏。



 西崎が145キロのシンカーを、名峰応援席に叩き込んだ。

 強烈な打球。


 ・・・あれをよく当てたな


 しかしあれは当たってもファールにしかならない。

 あのシンカーは初見の右バッターが、フルスイングで捉えきれるボールじゃない。


 おっ !


 今度は内野二階席の一番奥の場外に叩き出した。


 ・・・すげー打球。相変わらずの対応力


 だが何度打っても、打ち方を変えない限り引っ掛けるだけのような気がする。


 そして、あのシンカーの後に同じ軌道のカッターが外角に来たら・・・


 ・・・来た


 ブンッ ! パァーン !


 西崎のアッパースイングが、豪快に空を切った。

 しかし、しっかりと自分の間合いでフルスイングしたところが凄い。

 タイミングは、ばっちりだった。


 ウェイティングサークル内では、大沢も同じタイミングで豪快な素振りをしていた。


 西崎を睥睨していた陣内の鋭い眼光が、大沢に移った。

 

 西崎が打席に向かう大沢にひと声かけた。

 大沢が僅かに頷いて右打席に入った。


 いかにもっぽいシーンだが、あの二人のやり取りは野球とは無関係の話だったりする・・・ん ?


 加治川が内野手に指示を送っていた。


 サードの田牧とファーストの支倉がジリジリと前に出て来た。


 ここで大沢のバントを警戒するのか ?

 さすが加治川。

 確かに大沢が狙いそうな場面だ。



 初球。


 外のシンカー。


 陣内得意のバックドアだ。


 見逃した。


「ストライク !」


 ・・・とんでもねー制球力



 2球目


 また外 ! さっきより高い。


 が、ここから中に沈むぞ。


 空振り !


 ・・・すげースイング !


 だが、ボール球だった。


 シンカーじゃなくカッターだった。


 ・・・俺の読みも当てにならんな


 シンカーか、カットボールか。


 ・・・ここから冷静に見てても読めん


 


 3球目。


 また外。


 ・・・どっちだ


 大沢が踏み込んだ。


 “ シュチッ ”


 ボールが擦れる音 。


 ボール球を叩いた !


 ・・・


 打球・・・どこ ?


 ・・・?


「ファール !」


 ライトの線審が、両手を大きくフェアグラウンドからファールグランドに振った。


 ライトポールの右だったのか。


 ・・・上空に消えたのか ?


 ライトスタンドがさざ波のように騒めいていた。


 打球がまったく見えんかった。



 ・・・あれっ ?


 陣内の目。


 ・・・なんか違う


 顔が・・・普通つーか、真っ当つーか


 どーゆーこと ?


 水野ん時と全然違う。



 まあ、何にしろ大沢は外に逃げるボールは捉えきれる。

 今のはボール球だった。一打席目もくそボールのスライダーをバットに当てた。

 カッターもスライダーもストライクコースなら、充分期待出来る。


 逆に言えば大沢にはシンカーしか投げられなくなった。


 ・・・どーするよ大沢



 4球目。


 内角だ・・・膝元を抉るシンカー。


 ・・・ !


 大沢の背中が丸まった。


 セーフティバント ?


 サードの田牧が前に出る。


 プッシュだ !


 田牧の右、頭上を


 越えた !


 あっ!


 陣内が跳んだ。


 体がきれいに一直線に伸びた。


「アウトッ !」


 地面スレスレでグラブの先っぽに引っ掛かっていた。

 陣内がすぐに起き上がって、内野手とグラブタッチを交わしていた。

 だがこういう時は無表情。


 ・・・うーん不思議キャラ。でもアイツ反射神経も凄いな



 ダグアウトに戻る前に、大沢がこっちに走って来た。


 その途中でマウンドに向けてヘルメットを掲げ、陣内に敬意を示していた。

 それを受け、陣内も帽子の庇に指を掛ける動作。


 ・・・爽やかじゃん。二重人格かよ



 “ シンカー投げる前、目が生きる ”


 大沢が俺の耳元で囁いて、ダグアウトに戻って行った。


 ん ?


 大沢の審美眼か ?


 ・・・またずいぶんと曖昧な



 ツーアウト。


 まぁまずは自分のスイングだ。

 それが出来なきゃ話にならん。



 陣内がサインに頷く。


 ・・・目が生きる ? なんかイジメっ子の目だぞ



 初球。


 外。


 スライダー・・・バックドアだ。


「ストライクッ !」


 ・・・なるほど、しっかりと踏み込めば叩ける、かも


 スライダーは狙い目だ。



 2球目。


 陣内がイジメっ子の目で頷いた。


 また外に来た。


 ・・・速い ! ・・・カッターだ。


「ストライク !」

 

 ・・・やべぇもう追い込まれた



 陣内がサインを確認して頷く。


 ・・・くそっ、投球間隔が短ぇな


 ・・・ん ?


 イジメっ子の目じゃない !



 3球目。


 内角高め。


 シンカーか ?


 胸元、ブレーキ、中に沈み込む。


 そのイメージでバットを出した。


 ・・・当たった !


「ファール !」


 ・・・なるほどね


 シンカーには “ 誇り ” があるわけね。


 意外とまともな奴かもな。

 なんて感心してる場合じゃない。



 0ー2


 陣内が振りかぶった。


 “ 目 ”


 シンカー。



 4球目が来た。


 内角・・・膝元。


 シンカーの軌道にポイントを置く。



 引きつけて


 ボールの内側を


 強く


 薙ぎ払う 。



 捉えたぁ !



 左手から脳にかけて快感が駆けめぐった。



 センター葛城の背中が疾走している。



 一塁ベースを蹴った。



 大きく回り込みながら、打球を見た。



 葛城がフェンスに向かって飛んだ。



 耳をつんざく悲鳴のような歓声。



 二塁ベースの手前で、ショート太刀川のガッツポーズが見えた。


 見るとフェンスにもたれ掛かって、座り込んだ葛城が、グラブを掲げ上げていた。


 その前で審判が右手を上げていた。


 大歓声で審判のコールも聞こえない。



 あれを捕ったのか ?



 クーッ



 5回を終わって1ー0名峰 南洋


 あの野郎の完全試合は続いていた。

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