メッセージ
・・・ビッグプレー
俺は無意識の内にダグアウトの外に飛びだしていた。
周りを見ると、みんながダグアウトの外で西崎に向かって拳を突き上げていた。
苦しんでいたヒロを西崎が救った。
チームが最も盛り上がるパターンだ。
一塁側からライトスタンドまで、スタンディングオベーションの嵐だった。
ヒロなんて、マウンドで泣きベソをかきながら西崎を待っている。
島と並んで戻って来る西崎も照れくさそうに、ヒロを見ていた。
スーパーカラービジョンにリプレイが映し出されていた。
スロー映像に再びスタンドが沸く。
まるで左中間の遊撃手。
センターがあの位置に追いつき、逆シングルで打球を抑え、そのままの体勢でノーステップスロー。矢のような送球。ドンピシャのコントロール。
恐らくどれひとつ欠けても間に合わない。
完全に先制されていた場面だ。
マウンドで迎えたヒロが西崎とハイタッチをしていた。
・・・ん ?
すでに三塁側から陣内がマウンドに向かって来ていた。
急いでダグアウトに引き揚げようとするヒロたちに、陣内が後ろから声をかけた。
・・・
陣内に素っ気なく手を振っていた西崎が、急に振り向いた。
ヒロが西崎の肩を抑えた。
そのままヒロが陣内と向き合った。
スタンドを指差しながら、陣内に何か言っている。
ヒロはいつもの笑顔だ。
しかし明らかに陣内の顔色が変わった。
ヒロはすぐに引き返して来た。
いつもと同じ表情だった。
陣内がすぐに投球練習を始めた。
動きが激しく、荒々しく見えるのは気のせいか。
完全に目がすわっている ?
・・・なんだ ?
ダグアウトに戻って来た西崎が、みんなとハイタッチを交わしながら、俺のところにやって来た。
「ナイスビッグプレー !」
西崎と手を合せながら声を掛けた。
「おうっ」
「あいつ何、言ってきた ?」
「ん ? ・・・あぁ、ナイスプレーって褒めてくれた。それよりちょっと受けてくれよ」
西崎は表情を殺してそう言うと、直ぐにダグアウトを出ていった。
・・・
「オーケー」
・・・もう準備か ?
俺は慌てて、大沢にミットを借りてダグアウトを出た。
・・・大沢のミットでかっ・・・おもっ
4回裏。
大石龍太郎がブルペンで準備を始めていた。
大石も有名人。
ブルペンの周囲が騒ついていた。
大石は最初から飛ばしているようだ。
唸りをあげる豪速球が、ミットを打ち鳴らしている。
この心地いい快音は球場の隅々まで、行き渡っているはずだ。
名峰ダグアウトには、心地いい音なのか、聴きたくもない音なのか。
まだまだ序盤。
様々な思惑が渦巻いているのであろう。
西崎と大石の準備は多分、大沢の指示。
深町監督はいつの頃からか、投手交代やリリーバーの準備は、全て大沢に丸投げしていた。
監督は過剰登板や怪我の恐れさえなければ、投手交代にはいつも知らん顔だった。
常々、大沢の方が的確だからと言っているが、たぶん考えるのが面倒くさいだけだと思う。
ズダンッ
西崎も1球目から力がこもっていた。
三塁側から粘っこい視線を感じる。
さすがに名峰も、この音は聴きたくもないか ?
大沢に駆け引きめいた思惑などないであろう。
西崎も大石も、相手を威嚇する狙いで投げている訳ではない。
これは一人マウンドで苦しむヒロに向けた友情のメッセージだ。
“ お前は一人じゃない ”
ズダンッ
・・・ん ?
風が吹いていた。
ずいぶんと生暖かい。
湿った風が首筋を撫でた。
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