不快指数100%

 

 膝下に食い込む143キロのシンカー。


 手元でスッと曲がる151キロのカッター。


 背中から巻いて来て、外角低めに逃げる136キロのスライダー。


 1ー2ワンツー


 コータが一度大きく息を突いて、首を回した。


 ・・・コータでも戸惑うのか ?


 ツーストライクからは通常、真っ直ぐのタイミングで待って、軌道を見て球種を予測する。

 しかし、陣内にはその真っ直ぐがない。

 当然、カッターのタイミングで待つことになるが、これがシンカーと同じような軌道で来る。

 しかもカッターはいつ、どれくらい変化するのか分からない。


 厄介なピッチャーだな。

 コータのそんなぼやきが聞こえて来そうだ。



 4球目。


 外。


 カッターか?


 コータが踏み込んで



 バットを止めた。



「ストライクアウトッ !」



 加治川が小さなガッツポーズ。


 コータが天を仰いだ。



 ・・・高速シンカーのバックドア



 見事な制球。 


 コータが連続で見逃しの三振。


 ・・・あのシンカー、軌道がおかしい、というか回転軸が変。



 陣内が “ あはっ ” っと口を開けて笑った。


 対戦相手をあからさまに見下す態度。

 意識的に、相手の屈辱感を煽り立てている。

 敵意・・・悪意を隠そうともしていない。


 あんな凄いピッチャーが、自分の “ 値うちを下げる ” ような態度に何のメリットが ?


 ・・・わからん




 力丸は初球のスライダーをうまく合わせた。

 いい当たりだったが、セカンドの守備範囲内。

 そもそもセカンドの紀尾井も、守備範囲はコータと遜色のない名手。

 紀尾井、太刀川は三年の春から、大学選抜チームの二遊間コンビだ。


 またもあっさりとツーアウト。

 本来、技巧派ピッチャーに強いウチの1、2番が、2打席続けてあっさりと打ち取られる事自体、ちょっと考えられない事態だ。



 ・・・しかし


 こいつはモノが違う。



『3番、ショート水野』


 アナウンスに場内が爆発する。


 こんな観客数、経験がないんで、俺なんかはいつまで経っても圧倒させられる。


 が、こいつは甲子園でもっと凄い声援を経験してる。



 初球。


 内角。


 喉元に食い込むカッター。


 ・・・危ね !


 しかし水野は微動だにしていない。


「ボール !」


 主審が陣内に注意している。


 ・・・当然って言うか、遅いくらいだ


 陣内は帽子を取ったが・・・主審と目が合ってねーじゃん


 最初からずっと水野を睨みつけている。


 水野もそうだった。


 確か一打席目もそうだった気が・・・



 2球目。


 内角。


 今度は足元を掠めた。


 152キロ。


「ボール !」


 水野は避けようともしていない。



 3球目。


 また内角。


 胸元に来た !


 そして見事に落ちた。


「ストライク !」


 ・・・このシンカーが凄いんだ


 キレッキレだし、コントロールハンパねー


 

 しかしコイツは、左の水野が何とかしないと、右バッターがこれを捉えるのは至難の技。

 まあ俺も左だけど・・・



 4球目。


 初めて外に来た。


 水野が踏み込んだ。


 キレイなスイング。


 パァーン ! 


「ストライクッ !」


 144キロのシンカー。


 速くて、ブレーキと落差が凄くて、コントロールが完璧。


 陣内の目がすわっている。

 水野の時だけ、なんか感じが違う ?



 2ー2ツーツー


 5球目。


 ん ?


 スライダー ? スローカーブ ?


 83キロ表示。


 ど真ん中 !


 ただの山なりボール。


 見逃した。


「ストラックアウトッ !」


 陣内はすでにマウンドをおりていた。

 しかし目だけは、水野にガンを飛ばしたままだ。



 ・・・なんちゅー態度



 あの水野が好き放題に遊ばれてる。


 この嬲られる感じ・・・この不快指数100パーの嫌悪感。


 ・・・たまらんな


 守備で美技連発しても、ちっとも流れが引き寄せられないし・・・


 気分と同調するかのように、天色の空にも紗を透かしたような薄雲が覆い始めていた。



 4回が終わって、ウチは一人のランナーも出せていなかった。 

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